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一葉「うもれ木」4

きょうは第2章のつづきです。 さてもこの老女その類(たぐ)ひと覚おぼしく、四辺(あたり)はづかしくや小声の言訳、且(か)つは涙ながらの詞(ことば)とて、首尾全くは聞えぬ物の、取り集めて察すれば、娘にやあらん 杖(つゑ)はしら (1) の子、煩ひてゐるかの様子。「それ 本復 (2) さへなさば、又つくべき方(かた)もあり。今暫時(しばし)の間(ま)まちて給はれ」と、あはれ腸(はらわた)しぼり 尽くす悲しげな声。聞くお蝶は 涙もろ (3) の女の身、ましてや同じ情(じやう)くみて知らぬ事もなければ、何(なん)の人事と聞き過ぎられず。 (1) つえとはしら。もっともたのみに思うもの、たよりに思う人にたとえていう。 (2) 病気が全快すること。 (3) 涙脆。涙をこぼしやすい、涙もろいさま。 「さりとはあの男の聞訳(きゝわけ)なさ。 百円のかたに網笠(あみがさ) (4) なれど、この屋台 おこせ (5) といふ。それ取られては私(わたく)しと娘、今日から喰(た)べる事がなりませぬ、お慈悲と合す手を、あれ打(ぶ)ちをつた、憎くい奴(やつ)にくい奴。自分は手前はさして困る様子もなく、大々(たいだい)しい身躰(からだ)つきの病(やま)ひ気(け)もなささうなに、あの老人(としより)のしかも病人抱へて、困苦さこその察しもなきは鬼か夜叉(やしや)か。あらばあの横つら金で張つて、美事(みごと)老女救つてやりたきもの。それ処(どころ)ではなき身、この財布の底はたけばとて、何(なに)になる物でなし。口惜(くちを)しや可愛(かあい)や」と、お蝶身もだえする程残念がり、黒山と立つ人じろり眺(なが)めて、「切(せ)めて一人(ひとり)はこの中に憐(あは)れと見る人ありさうな物」と、歎息する一刹那(さつな)、お蝶の肩さき摺(す)るほどにして、猶予もなくずつと出(いで)し男。何ものと思ふまもなく、獗(たけ)りたつ鬼男(おにをとこ)の前、振(ふり)あぐる手の肘(ひぢ)を止とめて、軽(かろ)くふくむ微笑の色、まづ気を呑(の)まれて衆目のそゝぐ身姿(みなり)はいかに。 黒(くろ)絽(ろ) (6) の羽織(はおり)に白地の浴衣(ゆかた)、態(わざ)とならぬ金ぐさり角帯(かくおび)の端(はし)かすかに見せて、温和の風姿か優美の相(さう)か、言はれぬ処(ところ)に愛敬(あいきやう)もある廿八九の若紳士(わかしんし)...

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