一葉「うもれ木」9
題3回のつづきです。 「汝(おの)れ新次、人非人、恩しらず義理知らず道しらず。汝(おの)れが罪の身を責むるは知らず、我れを批難(ひなん)するか、我れを批難するか。我れ籟三昔しも今も、正義を立て公道を踏んで、一歩の過(あやま)ち覚えなき身。どこの何処(いづく)に何(なん)の欠点、言ひ聞かん言ひ聞かん」 と、詰め寄る眼尻(まなじり)きりきりと釣つて、 「汝(おのれ)不忠不義の奴(やつ)も、先師寵愛(ちようあい)の余りには、世にその罪を包まれて、知る者は師と我ばかり。我れ一(ひ)と度(たび)言はじと定めて十年近く、この口開(ひら)かねばこそ汝(おの)れ安穏に、月日(つきひ)の光り拝むは誰(た)が庇護(かげ)。頼まれずとも折濫(せつかん)の笞(しもと)此処(こゝ)にあり、墓前へ手向(たむ)けん志しの、この花で打つに不思議もなし。打手(うつて)は籟三、精神は先師、口惜(くちを)しくは身にしみよ骨にしみよ」 と続け打ち、手に持つ菊花(きくくわ)なげつけて、白眼(にらみ)つむる眼(め)の内に感じ来(きた)れる新次が体(てい)、昔しながらの美顔(びがん)今一層の品(ひん)を備へて、あはれ好男子身(み)じろぎもせず、瞼(まぶた)にあふるゝ後悔の涙、 眉宇(びう) (8) に満つ漸愧(ざんき)の状、「この人(ひと)先師の愛せし人、我れに謝罪と思ひ込みし人、憎くむが本義か、捨つるが道か」とばかり迷つて判断の胸うやむやになる時、静かに頭(かしら)を上げて言ひ出(いづ)る一通り、「聞けば誤りたり、我れ 短慮軽忽(けいこつ) (9) の処為(しよゐ)。この人の罪(つみ)罪ならず、 とる処(ところ)岐路(きろ)に落(おち)し (10) 不幸の身」と、先づ憐(あはれ)みの情(じやう)より聞けば、 「私(わたく)し元来(もとより)私欲に非(あ)らず。小を捨てゝ大に付く国利国益の策、立てしといふが抑々(そもそも)の破滅にて、思へば了簡(れうけん)が若かりしなり。腕を組みての考へと、手を下ろしての実験とは、 冠履(くわんり) (11) の相違、雲泥(うんでい)の差別。人は我より利口にて、世は思ふまゝならぬ物と、つくづく歎息するにつけて、正義は人間の至宝といふことに漸々(やうやう)に発明し、才ばしりたる考へ身を離れしは、弥々(いよいよ)無一物(むいちもつ)の暁がた。爾来(じらい)幾年(いくねん...