一葉「うもれ木」14
きょうは第5回の最後の部分です。 「げによくも合へる物かな、我が国家を見る心その外(ほか)に出(いづ)る事なし。徳義の廃頽(はいたい)人情の腐敗、是(こ)れを憂ひ彼(か)れを歎けど、道に立つ人大方(おほかた)は、濁流汚溝(をこう)に身を投じて、しかも汚(けが)れを知らぬ輩(ともがら)、味方少なく仇(あだ)は多し。さりながら捨てぬ処(ところ)に物は成り立ちて、二人三人(ふたりみたり)の正義の士に、知られ初(そ)めし昨日今日(きのふけふ)の事業。憚(はばか)り多けれどこれ手本とも御覧じて、入(い)れられぬ世を捨て給はず、腕かぎりの品物こしらへて見給はずや、その資金は我れ受けもたん。この事廉直(れんちよく)の君が心に屑(いさぎよ)しと思(おぼ)さぬか知らず、それは君一身の小事のみ。幾多(いくた)の画工の睡(ねむ)りを覚まして、国益の一助、 たゆたふ処(ところ)か (1) 。吾邦(わがはう)特有の 石陶器(いしやきもの) (2) 、価廉(あたひれん)といへど品(しな)は英仏伊(えいふつい)に及ばず、独り薩州陶器のみは、 土質釉料(どしついうれう) (3) 他邦に類なく、天晴(あつぱ)れ名誉の品なるを、惜しや画工に気慨なく、問屋(とんや)に一(いつ)の精神なく、今日の成行(なりゆき)くちをしの思ひ、我れも多年の胸中にありし。不思議に心の合(がつ)するも自(おのづ)からの時機なるべし。外(は)づし給ふな」 と熱心に力を添ふれば、籟三感涙に眶(まぶた)ぬれて、 「何分にも」 と生れて始めての詞(ことば)。辰雄その後(ご)は聞かず言はさず、「事(こと)一切此処(ここ)に此処に」と胸を打ちけり。 日数(ひかず)隔だつること幾日(いくか)、三田の工事の喧(かし)ましきと共(とも)、斯道(しだう)画工の耳そば立(だつ)ること沸き来たりぬ。如来寺(によらいじ)門前草(くさ)ふかき処(ところ)、埋(うづ)もれものの慷慨先生(かうがいせんせい)、 三年(ねん)鳴かず飛ばず (4) の技倆(ぎりやう)、現はさんとする 風説(うわさ)、立つや我れより高き人 (5) 、くじきたきがこの輩(ともがら)の常、陰(いん)に陽(やう)に批評たくましくすれど、後ろだて確かなる身の、 却(かへ)りては心可笑(をか)しく (6) 、静かに 須(す)がき (7) の筆を下ろしぬ、生地(きぢ)は素(もと)よ...