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一葉「よもぎふにつ記」12

きょうは、明治26年2月10日と11日の一部です。 十日  晴なり。やうやう、腹稿だけは成ぬるに、今日より筆を下ろさんとす。午前(ひるまへ)のうち、なすことありて遊びたり。 十一日  小石河稽古にゆく。あらたに入門の人二人三人(ふたりみたり)あり。 渡瀬よね子、 坪内何某(なにがし)、白根何某 (1) とか聞けり。この人々に習字をしへなどす。三宅龍子ぬし来る。「 『文学界』の初号 (2) 郵送申(まうす)べきながら怠りにけり。廿六日の発会(ほつくわい)までゆるし給へ」などいふ。「顔並びは誰々なりや」と問へば、「 初号は透谷などやうの人にて格別におもしろくも非(あら)ず (3) 。二号の予告を見れば、大和田建樹(たてき)、井上通泰(みちやす)などの諸大家に、我れと君との名前のり居たり。 君の『雪の日』は例(いつも)の出来よりわろき様(やう)におもへど、世の評はいかなるかしらず」といふ。「我もしか 思ひしこと也。されどそは脳の仕業(しわざ)にて我が罪には非(あ)らず」と笑ふ。龍子ぬし、「今日は 御徒町の会堂に岩本善次(ぜんじ)君の父君を会葬する也 (4) 」といふ。空色 浜(はま)ちり (5) の裾もやうに、同じ色 あられ小紋 (6) の二枚した着(ぎ)きて、帯はゑび茶繻珍(しゆちん)、羽織は小豆色(あづきいろ) なな子 (7) 也けり。 かき鼠(ねずみ) (8) の地に八重桜二輪ばかり水色の糸に縫ひて、景色計(ばかり)金糸(きんし)の入りたる襦袢(じゆばん)のゑり見えぬ計甲斐絹(かひき)の首まき深くなししは、「咽(のど)になやみ処(どころ)あり」とて也。髪は何のかざりもなく 英吉利(イギリス)むすび (9) とかに束(つ)かねて、打見(うちみ)には十六、七とのみ見ゆめる。はじめより人とは異なりたる人なりしが、三宅ぬしがりとつぎてより、いとどしく異様(いやう)をまねぶか、何としてもつねの人とは覚えられず。此(この)きるものも、ただ引(ひき)あげに引あげてきしかば、腰のあたりたぐまりて、唯(ただ)大きなる袋をまとひつけ たる様(やう)也。みの子ぬし詞(ことば)をつくして、「見ぐるし。着かへ給へ」と切(せち)にいふに、我も傍(かたはら)よりそそのかせば、うち笑(ゑ)みつつ、「さらば母様(かあさま)の仰せにしたがはん」とて、田中ぬしに支度しかへてもらふ。我れと伊東 しと左右(...

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