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一葉「につ記」③

きょうの「につ記」は、明治25年9月23日から、10月3日までです。 廿三日  雨猶(なほ)やまず。早朝、野尻君より書状来る。「『甲陽新報』へ載すべき小説、著作しくれ度(た)し」と也。前田家より使ひ来る。各評の巻(まき)送りこしたる也。午後(ひるすぎ)、小石河師君よりはがき来る。此月に入りてより、思ふことありて何方(いづく)の歌会(うたくわい)へも一度の出席もなさざれば、夫(それ)をあやしみてなるべし。兎(と)も角(かく)明日の会には出席せばやと思ふ。日没少し前より大雨盆をかへす様也。母君、「明日は不参の方よかるべし」との給ふに、「さらば」とて師君のもとには手紙を出す。 廿四日  晴天に成りぬ。終日(ひねもす)著作に従事。夜一夜(よひとよ)雨ふる。 廿五日  暙天。野々宮君来る。和歌(うた)三題詠ず。四時半までものがたりす。日没後国子とともに勧工場を一、 二ヶ所縦覧(じゆうらん)。はやく寐(ね)たり。 廿六日  晴天。早朝師君のもとを訪ふ。 大宮(おほみや)公園 (1) に秋草(あきくさ)を見むと誘はれて、直(ただち)に十一時の 汽車にて (2) 行く。三時の車にて帰る。 廿七日  晴天。日没少し前、師君のもとに 『平家もの語 』 (3) 持参。 廿八日  田辺君よりはがき来る。 廿九日  ことなし。 兄君、美濃(みの)へ出立 (4) 。 卅日  同じく。 十月一日  晴天。小石川稽古に行く。別にことなし。 二日   晴天。田辺君よりはがき来る。「『うもれ木』一(ひ)ト先(まづ)『都の花』にのせ度(たき)よし、金港堂よ り申来(まうしき)たりたる」よし。「原稿料は一葉(いちえふ)廿五銭とのこと、違存ありや否(いな)や」と也。直(ただち)に「承知」の 返事を出す。母君、此はがきを持参して、三枝(さえぐさ)君のもとに此月の費用かりに行く。心よく諾(だく)されて六円かり来り。 そは、「うもれ木」の原稿料十円計(ばかり) とれるを目的(めあて)に也。 此夜国子、共に下谷(したや)ステーションより池のはた近傍(かいわい)を散歩(そぞろあるき)す。 三日  晴天。     これよりしばらくことなし (5) 。    連日の雨や机と御親類 (1) 当時の大宮町、現在のさいたま市大宮区にある公園。ハギやススキも自生していたという。一葉はこの時の様子を「春日野しか子」の筆名で...

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