一葉日記「道しばのつゆ」③
きょうは明治25年11月11日の途中からです。 月日(つきひ)隔ててものぐるほしきまでおもひみだれたるを、君はさしもおぼさじかし。心にもあらぬやうなる別れのその折は、さまざまいひさわがれたる人ごとのつらさに、何ごとをおもひ分くるいとまもなかりしを、今さらにとりかへさまほしうおぼゆるぞかひなき。はじめよりにくからざりし人の、しかも情(なさけ)ぶかうおもひやりのなみ成らざりしなどおもひ出(いづ)るままに、「何故(なにゆゑ)にかく成けん。身はよしや、さは大かたのよにつまはじ きされなんとも、朝夕(あさゆふ)なれ聞こえなましかば、中々にいけるよのかひなるべきを」など取あつむれば、人も我もよの中さへもいとにくしかし。「まづ何ごとをいはばや。かの君がみ心もしらず、うちつけならんやうに月日の隔てをかこたんもいかが。さりとて『都の花』のことよりせんもいとわびしかし」など思ひつづくる間(ひま)に、車は 大人(うし)が店 (1) につきたり。いま更に心おくるれば、音なうもしばしとたゆたはれぬ。此処(ここ)は新開(しんかい)の町のはなばな敷(しき)に、いとどみがきそへたる茶だなにしあれば、出入(でいり)の人、 行来(ゆきき)の人、見おこすらん目(まな)ざし、心がらにやいとつつましくおぼゆ。ここには早く文(ふみ)のとどきて、大人(うし)や、しかの給ひおきけん、かしこげなるこもののいそぎはしり迎へて、「こなたへ」といふ。店と奥の暖簾口(のれ んぐち)にたちてさしまねくは、見しれるはした也。ものつつましういざり入れば、六畳敷計(じきばかり)の処に机おきて、ゆたかに大人(うし)は寄りかかり居たまへり。ふとあふげば、ものいはず打笑(うちゑ)み給へる、嬉しなどはよのつね、ただ胸のみおどりぬ。とい はん角(かく)いはんなどおもひつづけしことは、何方(いづかた)にかげかくしけん、さらにさらにいはるべくもあらず。からうじて、「月日いかがすぐし給けん。心には忘るる間(ま)もなきを、おもひよらずもの隔ててのみなんありし。御(お)なやみの後(あと)は、さしも御なごりなうとこそお もへりしに、此ほど御めしつかひより、『そこはかとなくよわげに」などうけ承(たまは)りしは誠にや」など、 ほのかなるものがたりに気色(けしき)心みれば、ただにこやかに打笑(うちゑ)みて、こと少ななるし も、底に物ありげにていとく...