一葉「よもぎふ日記」4
きょうは明治26年2月26日の途中から28日までです。
萩之舎(はぎのや) の発会(ほつくわい)(1)は廿六日なり。ものうき事かさなれば、え行かじともおもへりしを、猶世の中にたちまじる身なりとおもひかへしてゆく。人は午後(ひるすぎ)よりなれど、例(いつ)もかく午前(ひるまへ)より手伝ふ成けり。小石川に師のもとをとひて、諸共(もろとも)に車つらねてゆく。しばしありて田中ぬしも参られたり。うるさきものがたりに耳もふさがまほしきを、からうじて聞き過(すご)せば、やがて人なき処に我を呼(よび)すゑて、みの子ぬしいとしめやかに師の上をかたる。例(いつも)のことながらいと心ぐるし。夏子ぬし参られてよりのさまざま、其(その)のぶ子ぬしより我にたのみの詞(ことば)など、あれを聞くもこれを聞くも憂(う)さ堪(たへ)がたし。榊原、小(お)がさ原(はら)、水野、中牟田などの令姫(ひめ)たち(2)、花をかざりて今日を晴(はれ)と出(いで)たちたる、いと罪なしかし。「上をよそふて花見哉(3)」と故人(こじん)のさとりをかしけれど、猶うるはしきはうるはしきもの也。三宅ぬし参らる。星野天知子(し)よりの書状、『文学界』一号と共に送らる。 「筆墨料(ひつぼくれう)送られたるに返事書(かき)て給はれ」 とこはれてかく。我がことを「つむじまがりの女史」と言ひしとか。雄次郎君たはむれに、「まことか」と龍子(たつこ)ぬしに問ひ給ひしかば、「いつもいてふがヘしののらざることなければ、其処(そのところ)分らう」とて笑ひしとかや。散会(ひけ)は六時成し。天知子(し)よりの文(ふみ)はいとねんごろにて力まけせしかど、我上ことごとしげに察したる、 いとをかし。『文学界』にも「若松、花圃(くわほ)、一葉の諸名媛(しよめいえん)(4)」とか書かれたる、実(まこと)よりは名のすぐれたる世の中、誠の名姫(めいき)の為(ため)いと口をし。この夜(よ)早く臥(ふ)したり。
廿七日 三枝(さえぐさ)君に文(ふみ)を出す。そは返金約(やく)に 違(たが)ひしを詫びたる也。ひる頃より雪ふり出づ。万感ここに生じて、散乱の心ことに静めがたし。我が雪の日をめづるは、めづるにはあらでかなしむ也けり。かの火桶(ひをけ)をはさみて(5)、ものがたりのどかに、手づから調理し賜(たま)はりししるこの昔し、恋も悟(さとリ)もかの雪の日なればぞかし。
廿八日 この日も少し雪ふる。脳の痛みたえがたくして、一日(いちにち)うち臥(ふ)したり。芝(しば)より兄君の使ひとして道忠(みちただ)(6)来る。久保木、依頼(たのみ)の品物出来あがりしかば、持参したる也。野々宮君より書状来る。
(2)榊原つね、小笠原艶子、水野銓子、中牟田常子のことで、いずれも爵位を持つ華族の娘たち。
(3)江戸時代中期の俳諧師、上島鬼貫の「骸骨の上を装ひて花見かな」による。
(4)「発行緒言」に見られることば。「若松」は、『小公子』の名訳で知られる翻訳家、作家の若松賤子(しずこ)。巌本善治の妻で、別名に巌本嘉志子。
(5)前の年の2月4日を追憶している。
(6)塙道忠。
朗読は、YouTube「いちようざんまい」でどうぞ。
《現代語訳例》 高橋和彦訳『完全現代語訳樋口一葉日記』(アドレエー、1993年11月)から。
萩の舎の発会は二十六日。いやな事ばかり続くので行くまい と思っていたが、世間の付き合いもあると思い直し て行く。人は午後からだけれども、私はいつもこうして午前中からお手伝いする。小石川の塾に先生をお訪ねして一緒に車をつらねて行く。しばらくして田中みの子さんも見えた。面倒な話を、耳をふさぎたい思いで聞き過ごすと、こんどは人のいない所に私を呼び出し坐らせて、ひそひそと先生のことを話される。いつもの話ではあるが心苦しい。伊東夏子さんが見えてからの色々な事、またその母親の延子さんから私への依頼の言葉など、あれを聞いてもこれを聞いても憂鬱でたまらない。榊原つね子、小笠原艶子、水野銓子、中牟田常子などの令嬢たちが今日を晴と着飾っているのは全く罪のない事です。「骸骨の上を粧(よそ)ふて花見かな」と詠んだ昔の人の悟りの境地はすばらしいとは思うが、やはり美しいものは何といっても美しい。
三宅龍子さんが見える。星野天知氏からの手紙を「文学界」一号と一緒に渡される。原稿料を預ってきたので返事をほしいと言われて書く。かつて星野氏が私のことを「つむじ曲がりの女史」と言われたとか。
それを聞いて ご主人の雄次郎氏が冗談に、
「それは本当か」
と龍子さんに聞かれたので、
「樋口さんの頭にはいつも銀杏返しが載っているので、その点はよく分からない」
といって大笑いしたとか言われる。
散会は六時でした。天知氏からの手紙は大変こまごまとして、褒めすぎるほどに私のことを大げさに褒めているのも可笑しい。「文学界」 にも「若松、花圃、一葉の諸名媛が・・・・・・」と書いてあるが、実よりは名前の方が光って見える今の世の中なので、これでは本当の名媛にとっては残念な事です。今夜は早く寝る。
二十七日。三枝氏に手紙を出す。返金が遅れることを詫びる手紙。昼ごろから雪が降り出す。様々な想いが胸に湧き、乱れる心は静めるすべもない。雪の日が心をうつのは、風景を楽しむのではなくて、過去の想い出が悲しいのです。思えば火鉢をはさんでの物語の楽しかったことも、ご自分で作ってすすめて下さった汁粉のことも昔のことになってしまった。恋も悟りもあの雪の日があったからのことです。
二十八日。今日も少し雪降る。頭が我慢できないほど痛いので一日中寝ている。芝から兄の使いとして道忠が来る。久保木が頼んでいた品物が出来あがったので持参したのです。野々宮さんから手紙が来る。
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