一葉「よもぎふ日記」3
きょうは、明治26年2月23日のつづきです。
無名氏寄せられたる詩の内に、「甞期海外挙奇勲 鉄釼芒鞋意気振 不識素心帰落莫 一篇偉作表前身」(嘗(かつ)て海外に奇しき勲(いさを)を挙(あ)げんと期し、鉄釼(てつじん)、芒鞋(ばうあい)に意気振(ふる)ふ。素心落莫(そしんらくばく)に帰れるや識(し)らざれども、一篇の偉作前身を表はし)たる、そぞろに其昔し思はれて、ともし火のかげよりかすかに面を仰げば、優然としてうち笑(ゑ)みたる面ざし、まこと、林正元(1)今(いま)ここに出現したらん様(やう)なり。我が小説「暁月夜」いつのほどにか見給ひけん、こまやかに物がたらる。猶(なほ)折ふしに目とどめ給ふらん嬉しさ、いとになし。ことにものがたることも多からで、「さらば」とたつを、止め参らせんも中々にて送り出るほど、かなしともかなし。嬉しともうしともいはんかたそなき。夢うつつともえこそ分(わか)ねば、いはまほしき事も何も、ただひたすらにものも覚えず。
『胡沙(こさ)ふく風』は朝鮮小説にて、百五十回の長編なり。桃水うしもとより文章粗(そ)にして、華麗と幽棲(いうせい)とをかき給へり。又みづからも文に勉(つと)むる所なく、ひたすら趣向意匠をのみ尊び給ふと見えたり。なれども、林正元の智勇、香蘭(2)の節操、青陽(3)の苦節ともにいささ かもそこなはれたる所なく、見るままに喜ぶべきは喜ばれ、歎くべきは只涙こぼれにこぼれぬ。さるは編中の人物活動するにはあらで、我が心の奥にあやつるものあればなるべし。田中みの子ぬしは、学ふかからず、識(しき)も又高からざる人なれど、『胡沙ふく風』につきて批難し給ふ所あまた有し。そも当れる説にはあらざりけめど、とまれ完美の作にはあらざるべし。いでよしや、此小説うき世の捨(すて)ものにて、人の為(ため)には半文(はんもん)のあたひあらずともよし。我が為生涯の友これを置(おき)て外(ほか)に何かはあらん。孤燈(ことう)かげほそく暗雨(あんう)まどを打つの夜(4)、人しらぬおもひをこまやかに語りて、はばかる所なくなけきもし悦(よろこび)もせんは、うつせみのよにもとめて得がたき所ぞかし。此夜此書(このふみ)をひもとひて、暁のかねひとり聞けり。
引(ひき)とめんそでならなくにあかつきの
別れかなしくものをこそおもへ(5)
ひるはしばし別れんにこそ。
(1)『胡砂吹く風』の主人公。朝鮮梁山郡で日本人を父とし、太守の娘を母として生まれた。日本で育てられ、成人して再び朝鮮に渡り、母と祖父の敵を討ったのち、守日派の策謀と戦う親日派の間謀として活躍する。朴泳孝ら開化党員の活動をまねたところが多い。
(2)商家の娘で、正元の許嫁。一家離散の後に行方不明となり流浪を続けていたが、節操を守り漢陽で正元に再会して結ばれる。
(3)青揚。香蘭の父親の商売敵の娘。香蘭の家が離散した際、青揚の父が正元を引き取って娘の婿にしようとしたが、この家も没落。青揚は劉青昇にとらわれて霊鷲山にいるところを正元に救い出されるものの、苦難の末、正元の代りに命を落す。
(4)幸田露伴の小説『寝耳鉄砲』(明治24年)に「仮令(たとえ)ば汝(そなた)の言葉に従ひ、心の中に夫とおもうた道也さまを他所へ妾(わたし)が縁付かうとも、灯火暗く雨窓を撲つ夕など、妾の心が妾の身に問ひかけたら何と答へよう」とある。
(5)引きとめることもしないでお別れして悲しい思いをしています。
朗読は、YouTube「いちようざんまい」でどうぞ。
《現代語訳例》 高橋和彦訳『完全現代語訳樋口一葉日記』(アドレエー、1993年11月)から。
無名氏が寄せた漢詩に、
嘗テ期ス海外ニ奇勲ヲ挙グルヲ
鉄釼芒鞋(てつじんぼうあい)意気振ルフ
識ラ不素心落莫ニ帰スルヲ
一扁ノ偉作前身ヲ表ス
とうのがあったが、 そぞろに昔の事が偲ばれて、灯りのもとのお顔を仰ぐと、ゆったりとほほえんでおられる面(おも)ざしはまことに林正元がいまここに出現したようです。私の小説「暁月夜」 をいつの間にご覧になったのでしょう、詳しくお話なさる。やはり今でも私の作品を折にふれて目にとめてくださる嬉しさは、他に比べるものがないほどです。他にはお話なさることもあまりなく、
「それでは」
といってお立ちになるのをお留めすることも出来ず、ただお見送りする気持ちは、この上もなく悲しい。嬉しいとも悲しいとも言いようがなく、夢ともうつつともつかず、言いたいことも何も分からなくなってしまうのでした。
「胡沙吹く風」は朝鮮史の小説で百五十回の長編。桃水先生は元来文章があらく、華やかな美しさとか奥ふかく静かな点は欠けておられる。またご自身も文章には力を注がれず、ひたすら筋立てや構成のみを重んじておられるように見える。しかしこの作品の林正元の智勇、香蘭の節操、青揚の苦節などは充分に表現されており、読み進むにつれて、喜ぶべきところは如何にも喜ばしく、悲しいところはただもう涙があふれるのですが、しかしこれは作中の人物が活動しているからではなくて、私の心の奥深くに何かがあって、それが私にこう思わせているのでしょう。田中みの子さんは学問識見も深くもなく高くもない人ですが、「胡沙吹く風」について非難されるところが多かった。それも全部が全部当たっているとは言えないでしょうが、ともかくこの作品はすばらしく立派だとは言えないでしょう。しかし、たとえこの小説が世間から見捨てられ、人々には何の価値もなくても、私にとっての生涯の友はこれ以外に何があろう。雨が窓を打つ暗夜に灯火を細くして、胸の思いをしみじみと語り合って悲しみも喜びも共にするというようなことは、この現実の世には求めても得られないことです。しかし今夜私はこの本を読みながら、 ひとり暁の鐘の音を聞くまでこの思いに浸ったのでした。
引きとめん袖ならなくに暁の別れ悲しくものをこそ思へ
昼の間はしばらくお別れしたままでいよう。
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