一葉「よもぎふにつ記」9

 きょうは、明治26年1月5日です。

五日 梅吉より母君を誘ひて、共に水天宮(すいてんぐう)(1)に参詣をなす。「帰路(かへり)うなぎの馳走に成りし」とて母君よろこび給ふ。此日(このひ)日曜なれば、あし沢来る。
恋はあさましきもの成けれ。心をつくし、身をつくして成りぬべき仲ならばこそあらめ、この恋成るまじぎ物と我からさだめて、さても猶わすれがたく、ぬば玉の夢うつつおもひわづらふらんよ。もとよりその人の目、はな、おとがひ、さては手あしの何方(いづく)におもひつきたりともなく、手かき文つづる類(たぐ)ひ、ものいひ、声(こわ)づかひ 、たてたる心、いづくいづくといふべきにも非(あ)らず。ただ其人 のこひしきなれば、常に我がおもふにも違(たが)ひて、ひとつひとつにいへば恋しき処もあらじかし。ものの心なく、あわつかなる人は、一時(いつとき)の恋に身をあやまつたぐひ、かかる所にこそおこれ、少しものおもひしりて静まりたるは、この恋にまけじとすまひて(2)、身の中(うち)はただもゆる様(やう)にこがるるも、心地はしぬべくわづらふも、猶(なほ)ま事(こと)の迷ひには入らで、つひに夢の覚めぬるもあり。女などは心のほそきものなれば、あらそひまけて狂気(きちがひ)がるたぐひもあめり。されど、これは横ざまなる恋にて、誠のつまめといはんに、是ほどの仲ならましかば、いかがは人もうらやみ、世のほめものにも成らぬことか。貞女節婦などいへるは、かうやうなる心を中(うち)にふくみて、人のよのつとめをおもてにせし成るべし。親子の仲、君(きみ)と臣(しん)の間、 いづ方(かた)にも此心のあらまほしきを、ものの端(はし)にはしりては片おもりするものにて、したがひては害に成ぬることもぞある。この頃みる処聞くところ、あるまじき人にあるまじき行ひなどの交(まじ)るらんよ、猶この類(たぐ)ひにて、おなじうはまめやかなる道にともなひまほしきを。

(1)有馬家中屋敷のあった日本橋蛎殻町二丁目に、明治5年からある神社。久留米藩主有馬頼徳が、芝赤羽根橋の上屋敷内に久留米の水天宮から分霊を勧請したのが起源で、天御中主大神(あめのみなかぬしのおおかみ)を主祭神に、安徳天皇、建礼門院、二位尼を祀る。
(2)この部分は、小説「やみ夜」の材料になっている。


朗読は、YouTube「いちようざんまい」でどうぞ。



《現代語訳例》 
高橋和彦訳『完全現代語訳樋口一葉日記』(アドレエー、1993年11月)から。


五日。梅吉さんから誘われて母上は一緒に水天宮へお参りに行かれる。帰りに鰻のご馳走になったと喜ばれる。この日は日曜なので芦沢が遊びに来る。
恋とはまことにあさましいものよ。心を尽くし身を尽くしてうまく成就すればよいのだが、 これ は決してまとまらないものと自分で知っていながら、それでもなお忘れられずに、夢にも現(うつつ)にも思い悩むのが恋というもの。もともと相手の人の目鼻、あご、手足などの、どこに心を惹かれるというものでもなく、また筆蹟や文章や、話し方や声の様子や心意気など、何処に心を惹かれるというものでもない。ただひたすらその人が恋しいのだから、普段の思いとは違って、一つ一つを取りあげてみれば、その一つ一つが恋しいわけでもない。思慮が乏しく浅はかな人が一時の恋情に身をあやまつのは、こういう所から起こるものです。少しは思慮分別があり心の落着きがある人は、この恋情に負けるまいと努力して、身中は燃えるように焦がれても、また心は死ぬほど思い悩んでも、なお完全に迷いに落ち込むことなく遂には夢から覚めるものです。女などは心が小さく細いので、恋情との争いに負けて気狂いのようになるものもあるようです。しかしこれは道にはずれた恋であって、まともな結婚による妻といえる場合には、これほどの熱烈な仲なら、人も羨(うらや)み世間からもほめられる立派な恋と言えるでしょう。貞女とか節婦とかいわれる人は、このような激しい恋を心の中に抱いて、世間普通の女の勤めを表としてなしとげた人でしょう。親子の間、君臣の間、いずれの場合にもこの相手を思う心があってほしいが、どうかすると極端に片寄ってしまうもので、結局は害になってしまうこともあるのです。近ごろ見聞きするところでは、立派な人の中にあるまじき行いが時折見られるようですが、これもやはり一方に片寄った類で、同じことなら真実な真面目な道に進ませたいと思うのです。

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