一葉「よもぎふにつ記」7
きょうは、明治26年1月20日から28日までです。
廿日 兄君に廿三日 の傍聴券を送る。西村君を依頼なして飯村丈三郎君(1)より貰(もら)ひたる也。此夜までに、小説「雪の日」(2)したため終る。
廿一日 小石河稽古也。午前(ひるまへ)より行く。小説「雪の日」、今日は郵便に託して三宅君に送る。師君は、錦輝館(きんきくわん)(3)に何某(なにがし)君の初会ありてち趣き給ふ。我れは人々に手ならひなどをしへて、日没ごろ帰る。
廿二日 藤本君をさるがく町(ちやう)に訪ふ。『都之花』のかりたるをかへし、更に、又其(その)あとをかり来る。今後の著作につきて、しばし物がたる。此日野々宮君、吉田君来訪。野々官君は、一度岩手に帰りて、又今日来たられし也。「着京直(すぐ)になり」とて、行李(かうり)(4)など携(たづさ)へたり。結婚の事などにやとかたぶかれぬ。「みちのくよりなり」とて、雉子(きじ)の□(5)を 一羽送らる。此日西北(いぬゐ)の風いとはげしきに、此人々帰りし後、浅草より出火あり。西鳥越(にしとりごえ)とか聞くに、「三枝君(6)は如何(いかが)」など、一同心(こころ)をなやます。
廿三日 晴天。母君、小林君に金かりに行給ふ。菊池君の老母来訪。新年はじめてなれば、有合(ありあは)せにて酒を出す。母君一寸(ちよつと)立かへりて、直(ただち)に三枝に火事見舞にと趣く。可成(かなり)の大火にて百何十戸とか焼たれど、三枝にはこともなかりし。この火事に又、鳥越座(とりごえざ)(7)も烏有(ういう)に成りぬ。此夜、新聞号外かしましく売来(うりく)る。我が『改進新聞』も号外を発しぬ。議会は停会に成ぬる(8)也。廿三日より向ふ十五日間、二月の六日まで也。
廿五日 雪ふる。いささかづつはしばしば降りしが、 つもるほどなるは、今日ぞ初雪成ける。中村礼子(れいこ)ぬしのもと(9)に数よみの催しある日なれど、此頃は歌にいたく心も入らず、人々とものがたりなどするがいと物うければ、物にかこつけて断りしが、「此雪にて他(ほか)の人々も来会しけんか、 如何(いか)に」など流石(さすが)に思ひやらる。三寸計(ばかり)はつもりける也。樹々(きぎ)の姿、大路(おほぢ)のさま、いとおもしろし。四時ごろには降(ふり)やみけり。
廿八日 小石河稽古也。正午(ひる)よりゆく。 伊東君、教会のことにつきて少しものがたりあり(10)。「中村君のもとに聞たること」とて、怪しき言葉をいひ聞かせられしが、其心よくわからず。師君は養子のこと取定(とりさだ)まりて(11)、「今日は其方(そちら)へ」とて稽古後直(ただち)に支度し給ふ。此処(ここ)すべて書つづくべきにあらず。
(1)茨城3区から選出された衆議院議員。
(2)『文学界』第3号に載った。
(3)神田区錦町にあった多目的会場。貸席や宴会場があり、東京で初めての映画上映が行われたことでも知られる。
(4)竹や柳で編んだ箱形の物入れ。旅行のとき、荷物を運搬するのに用いた。
(5)欠字。「雛」とみられている。
(6)浅草東三筋町にいた。
(7)西鳥越町にあった歌舞伎場。明治26年1月22日に類焼した。
(8)予算案の修正を民党が強く求め、内閣弾劾上奏案を提出したのに対して政府は停会にした。
(9)旧麹町区地区中六番町(現・千代田区四番町)。
(10)伊東夏子はキリスト教信者で、女学生を中心につくられたキリスト教青年会に関係していた。
(11)中島歌子は、翌27年5月16日に大阪から安場善助の次男廉吉を養子に迎えている。
二十日。兄に二十三日の議会傍聴券を送る。これは西村氏から頼んでもらって飯村丈三郎氏か ら貰ったもの。夜までかか って小説「雪の日」を書きあげる。
二十一日。小石川の稽古日。午前から行く。小説「雪の日」の原稿、今日郵便で三宅さんに送る。中島先生は錦輝館での某氏の初会合に行かれる。私は皆さんに習字など教えて日暮れごろ帰る。
二十二日。藤本氏を猿楽町に訪ねる。「都の花」の借りていたのを返し、さらにその後のを借りる。今後の著作のことについてしばらく話す。今日、野々宮さん吉田さん来訪。野々宮さんは一度岩手に帰って、また今日上京して来られたのです。着いたばかりだといって行李など持っておられた。結婚のための上京かと思われる。東北からの土産物といって雉子一羽いただく。此の日は西北の風が大変烈しく、この人々が帰られた後、浅草から出火、西鳥越町とか聞き、三枝氏のお宅はどうだろうかと皆で心配する。
二十三日。晴。母上は小林好愛氏の所へお金を借りに行かれる。菊池氏の老母が見える。新年になって初めての来訪なので、有合わせのものでお酒を出す。母上は一寸帰宅して又すぐ三枝氏の所へ火事見舞に行かれる。かなりの大火で、百何十軒とか焼けたが、三枝氏の所は無事であったとか。この火事で鳥越座も全焼してしまった。夜は新聞の号外をやかましい程鈴をならして売りに来る。家で取っている改進新聞も号外を出した。議会は停止になってしまった。二十三日から、向こう十五日間、即ち二月六日までである。
二十五日。雪ふる。わずかな雪は何度も降ったが、積もるほどのものは今日が初雪でした。中村礼子さんのお宅で数詠みの歌会がある日ですが、此の頃は歌にもあまり気が進まず、また、人々と話すのも気が進まないので、他の事にかこつけて断ったのですが、この雪では他の人たちもどうだっただろうかなどと、流石に気にかかる。三寸ばかりは積もった。樹々の姿や通りの様子も大変風情がある。四時頃には降りやんでしまった。
二十八日。小石川の稽古日。正午から行く。伊東夏子さんが教会のことについて少し話される。それは中村さんのところで聞いたことだとい って変な言葉を言われたが、私にはその意味はよく判らなかった。中島先生は養子を迎えられる話がきまって、今日はそちらへ行かれるために稽古後すぐにその準備をなさる。このことは此処にすべて書き続けるようなことでもない。
二十二日。藤本氏を猿楽町に訪ねる。「都の花」の借りていたのを返し、さらにその後のを借りる。今後の著作のことについてしばらく話す。今日、野々宮さん吉田さん来訪。野々宮さんは一度岩手に帰って、また今日上京して来られたのです。着いたばかりだといって行李など持っておられた。結婚のための上京かと思われる。東北からの土産物といって雉子一羽いただく。此の日は西北の風が大変烈しく、この人々が帰られた後、浅草から出火、西鳥越町とか聞き、三枝氏のお宅はどうだろうかと皆で心配する。
二十三日。晴。母上は小林好愛氏の所へお金を借りに行かれる。菊池氏の老母が見える。新年になって初めての来訪なので、有合わせのものでお酒を出す。母上は一寸帰宅して又すぐ三枝氏の所へ火事見舞に行かれる。かなりの大火で、百何十軒とか焼けたが、三枝氏の所は無事であったとか。この火事で鳥越座も全焼してしまった。夜は新聞の号外をやかましい程鈴をならして売りに来る。家で取っている改進新聞も号外を出した。議会は停止になってしまった。二十三日から、向こう十五日間、即ち二月六日までである。
二十五日。雪ふる。わずかな雪は何度も降ったが、積もるほどのものは今日が初雪でした。中村礼子さんのお宅で数詠みの歌会がある日ですが、此の頃は歌にもあまり気が進まず、また、人々と話すのも気が進まないので、他の事にかこつけて断ったのですが、この雪では他の人たちもどうだっただろうかなどと、流石に気にかかる。三寸ばかりは積もった。樹々の姿や通りの様子も大変風情がある。四時頃には降りやんでしまった。
二十八日。小石川の稽古日。正午から行く。伊東夏子さんが教会のことについて少し話される。それは中村さんのところで聞いたことだとい って変な言葉を言われたが、私にはその意味はよく判らなかった。中島先生は養子を迎えられる話がきまって、今日はそちらへ行かれるために稽古後すぐにその準備をなさる。このことは此処にすべて書き続けるようなことでもない。
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