一葉「につ記」②

きょうは、明治25年9月15日から。小説「うもれ木」が完成します。

十五日 
小説「うもれ木」出来上る。 田辺君に持参。途中より雨に成りぬ。車にて到る。同君何方(いづかた)へか結婚の約整(とと)のひて(1)、「是れよりは筆とり難き身と成らんとす」とて物がたらる。我が小説、「雑誌に掲載せんよりは小冊(せうさつ)の本になしたる方(かた)、後来(のちかた)の為(ため)よかるべし」と物がたらる。「我れ一人舞台は心細きに、君も何か書(かき)て給はらば、驥尾(きび)の青蠅(せいよう)(2)、僥倖(しあはせ)なるべし」といふに、「否々(いないな)、夫処(それどころ)ではなし。却(かへつ)て蛇(じや)の足(3)ならんが、何か四、五枚の物かくべし」とうけがはる。「半紙判二ツ折の小形製にして、うるはしき表装(へうさう)にせば」などいふ。「明日直(ただち)に金港堂(4)に持たして遣(やら)ん。但し、十日位(ぐら)い、間(ま)はあるべし」とにて帰る。

 十六日 晴天。図書館へたねさがしに行く。『春雨ものがたり』(5)『丈山夜譚(ぢやうざんよばなし)』(6)及び 『哲学会雑誌』(7)などを見る。帰路(かへり)、荻野君寓居を訪(と)ふ。妻君(さいくん)に逢(あひ)て新聞をかりる。帰宅(かへり)は日没少し前成し。今宵『朝日新聞』通読。野尻君に一書さし出す(8)。石井へも同じく。
十七日 晴天。今日は田中君会日(くわいび)也。されどおのれは行かず、図書館に行く。『奇々物がたり』『くせ物語』(9)『昔々ものがたり』(10)『各国周遊記』(11)『雨中問答』(12)『乗合ばなし』(13)等(など)かりる。四時頃館(くわん)を出る。此夜は何事をもなさず、はやく臥(ふし)たり。但しこの夜、山下直一(なほかず)君来訪。
十八日 晴天。野々宮稽古に参らる。今日は用事ありとて正午(ひる)帰宅。午後(ひるすぎ)より諸宗教文少し見る。習字二返り計(ばかり)して、夫(それ)より『万葉集』を見る。夕暮より国子と共に散歩(そぞろあるき)をなす。 右京山(うきやうやま)に虫を聞(きき)て、夫(それ)より田町(たまち)通り、本郷の台にのぼりて、大学前あたりを遊びて帰る。二人にて母君のもみ療治(れうぢ)をなす。臥(ふ)させ奉(まつ)りてより近松の浄瑠璃集をよむ。
十九日 起出てみるに雨成けり。まだ明(あけ)ぐれの庭のおもに、草むらがくれこうろぎの 鳴(なく)声、又なく哀(あはれ)也。はき清めなどして机に向ふに、雨だれの音軒(のき)ばのらんの葉にほとほととして、吹風(ふくかぜ)のそぞろ寒きなど、気候のうつり行(ゆく)さまいとしるし。
廿日 雨天。山梨より『甲陽新報(かふやうしんぽう)』来る。伊東夏子君より書状到着す。廿一日 雨天。『甲陽新報』来る。 

(1)田辺竜子は、この年、思想家、評論家の三宅雄二郎(雪嶺)と結婚している。
(2)驥尾に付す。青蠅が名馬の尾につかまって1日で千里の遠方に行ったという「史記」伯夷伝の故事による。すぐれた人にしたがって行けば、何かなしとげられる。
(3)蛇足。昔、中国の楚の国で、蛇の絵をはやく描く競争をした時、最初に描き上げた者がつい足まで描いてしまって負けたという故事から、付け加える必要のないもののこと。
(4)横浜(別称「金港」)で創業された出版社。明治9年に東京日本橋に移転した。
(5)江戸後期の戯作者、高井蘭山の『 春雨譚』か。
(6)江戸初期の漢詩人、石川丈山の随筆。
(7)明治20年に創刊された東京帝国大学文科大学哲学会編の専門誌。明治25年に『哲学雑誌』に改題された。
(8)依頼の原稿の執筆を引き受けることを連絡したとみられる。
(9)癇癖談(くせものがたり)。上田秋成により、『伊勢物語』のパロディの体をとって書かれた戯文小説。社会の風俗や医者、学者など人物の生態24の小話からなり、滑稽な自注が施されている。博文館刊「温知叢書」第4編所収。
(10)江戸時代中期の旗本、新見伝左衛門が、古老から聞き及んだ江戸初期の風俗、事件、江戸城内の生活などをまとめた随筆。随筆(エッセイ)『昔々物語』および『八十翁疇昔話(はちじゅうおう ちゅうせきばわ/むかしがたり)』の著者として知られる人物ですです。
(11)当時の周遊記としては、矢野文雄『周遊雑記』(報知社、明治20年刊)、依光方成『世界周遊実記』(博文館、明24年)などがあげられる。
(12)西村遠里著(1778年)。九々老衛門と烏有が交わす問答のかたちで進む談義物。
(13)『気質評判乗合噺』。車道軒によって1783年に著された江戸時代の咄(はなし)本。


朗読は、YouTube「いちようざんまい」でどうぞ。




《現代語訳例》高橋和彦訳『完全現代語訳樋口一葉日記』(アドレエー、1993年11月)から。



十五日。 小説 「うもれ木」 を書きあげる。すぐに田辺龍子さんの所に持参する。途中から雨になった。車で行く。彼女は婚約がととのったのでこれからは筆を執るのも困難になるだろうと話される。また、
「この小説は雑誌に載せるよりは単行本にした方が将来のためになるのでは」
などと話される。
「私一人では心細いので、あなたも何か書いて下さるなら、私は驥尾に付く青蠅となって 出してもらうだけで幸せでしょうに」
と言うと、
「いえいえ、それどころではありません。かえって蛇足になるでしょうが、何か四、五枚のものを書きましょう」
と引き受けなさる。また、
「半紙二つ折りの小型本で綺麗な装丁にしたらどうでしょう。とにかく明日すぐに金港堂に持たせてやりましょう。話がきまるまで十日間ぐらいかかるでしょう」
などと話される。お暇して帰る。
十六日。晴。図書館へ小説の材料探しに行く。「春雨物語」、「丈山夜譚」、「哲学会雑誌」 などを見る。帰りに荻野重省氏のお宅を訪ねる。奥様にお会いして新聞を借りる。帰宅は夕暮れ少し前でした。夜は朝日新聞を通読する。野尻理作氏に手紙を出す。石井利兵衛氏にも同じ。
十七日。晴。今日は田中みの子さんの「梅の舎」の稽古日だが、私は行かないで図書館に行く。「奇々物語」 「くせ物語」、「昔々物語」、「各国周遊記」、「雨中問答」、「乗合ばなし」 などを借りる。四時頃に図書館を出る。夜は何もしないで早く寝る。夜に山下直一君来訪。
十八日。晴。野々宮菊子さんが稽古に見える。今日は用事があるとかで正午に帰宅。午後から諸宗の仏典の経文を少し見る。習字を二回ほどしてそれから万葉集を読む。夕暮れから邦子と散歩。右京山で虫の声を聞いて、そこから田町通りへ出て本郷台に登り、東大前あたりをぶらぶらして帰る。二人で母上の按摩をし、お寝かせしてから近松の浄瑠璃集を読む。
十九日。起きてみたら雨。まだ明けやらぬ庭の草むら陰にこおろぎが鳴いているのはこの上もなくもの悲しい。部屋の掃除をして机に向かう。雨だれの音が軒端の蘭の葉にぽとりぽとりとして、吹く風も何となく寒く感じられるなど、気候の移り行く様子がはっきりと感じられる。
二十日。雨。
二十一日。雨。山梨から甲陽新報が来る。伊東夏子さんから手紙が来る。
二十二日。雨。甲陽新報が来る。

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