一葉「よもぎふ日記 二」㊤

小説「うもれ木」について、再び日記にもどります。きょうから「よもぎふ日記 二」に入ります。

十一月廿二日 書(ふみ)を半井君(なからゐぎみ)によす。明日在宅の有無(うむ)をとふ成けり。此夜したためものいと多くて、三時過る頃まで執筆す。

廿三日 半井君より書状来る。「幸閑(さいはひひま)に付(つき)来訪され度し」となり。「午後(ひるすぎ)より行かまし」の心にて其かまへなしつるに、正午(ひる)より空俄(にはか)に暗く成て、大雨(たいう)只盆(ただぼん)を覆(かへ)す様也。母君も、「心地なやまし」とて打ふしなどし給ひしに、「路もいと難儀なめり。彼方(あちら)にてもかかる折に人の来訪するはいたく迷惑のものなれば、今日はやめにせずや」な どの給ふ。例(いつも)の怠惰心(なまけごころ)に制せられて、行(いか)ず成ぬ。雨、日暮(ひくれ)て後も降(ふり)にふる。今宵も三時に床へは入ぬ。

廿四日 起出てみるに空高く澄(すみ)のぼりて、朝日のかげ花々(はなばな)とさし昇りて、ぬれたる梢(こずゑ)軒ばなどに照り渡れる、いと嬉(うれ)し。昨日違約(いやく)しまつれるに、今日だに時(とき)おくれさせじとて、母君しきりに、「朝飯(あさげ)おはらば訪(とひ)参らすべし」との給ふ。九時卅分家を出ぬ。かしこへ行(ゆき)しは十一時成けん。本宅の方(かた)とひ参らせしに、「例(いつも)の隠れ家に」といふ。「まだ目覚(めざめ)給はじ。起し参らせん」といふに、「いな、さてはちと早過(はやす)ぎにたることよ。今しばしここに置給へ。例覚(いつもさめ)給はんころにこそ」といへど、「いないな」といひて下婢(はした)は出で去りぬ。しばしして立帰りて、「早(はや)、とくに覚(さめ)給へり。かなたへ」といふ。「なるべくんば此方(こなた)にて」といはまほしけれど、いひかねてしたがふ。君は木綿のふるびたる綿入(わたいれ)の上にどてらといふものはふりて、白か鼠(ねずみ)かしごき帯(おび)(1)し給へる打(うち)とけ姿にさしむかふなん、おのづから汗あゆるここちす。下婢(はした)(2)も帰り行(ゆき)ぬ。例(いつも)の人なき小室(こべや)の内に、長火桶(ながひをけ)一ッ間(あひだ)に置(おき)てものがたりすることよ。我が学びの友達、あるは親戚(しんせき)の人々などに聞かせ奉らんに、何とかはそしられん。あやしかるべき身にも有哉(あるかな)。まして、かたみに語り合ふことなどいとまばゆしかし。

(1)扱帯。女性が、身長に合わせて着物をはしょり上げるのに用いる帯。一幅の布を適当の長さに切り、そのまましごいて用いる。
(2)召使いの女。

朗読は、YouTube「いちようざんまい」でどうぞ。



《現代語訳例》
高橋和彦訳『完全現代語訳樋口一葉日記』(アドレエー、1993年11月)から。


十一月二十 二日。
半井先生にお手紙をあげる。明日のご在宅の有無をお尋ねしたのです。今夜は書きものが大変多く、三時過ぎまで書く。

 二 十三日。半井先生からお手紙が来る。幸い暇なのでおいで下さいとの事。午後からお訪ねしようと思って心用意していると、正午から空が急に暗くなって盆をくつがえすほどの大雨になった。母上も気分が悪いといって寝ておられたが、
「途中の道も困難だし、また先方でも、こんな時 に人が来るのは大変迷惑なので、今日はやめにしては」
などとおっしゃる。いつもの怠け心に負けてとうとう行かないで終わった。雨は日が暮れてからもどんどん降る。今夜も三時に床に入る。

二十四日。起きてみると空は高く澄んで、朝日が華やかに昇り、雨に濡れた梢や軒端などに照り輝いていて、大変嬉しい。昨日は約束を破ったのだから、今日は時間も遅れさせまいと、母上は、
「朝食がすんだらすぐお訪ねなさい」 と、 何度も何度もおっしゃる。九時三十分に家を出て、先方へ着いたのは十一時頃でしたでしょう。本宅の方をお訪ねすると、 女中が出て来て、
「例の隠れ家の方です。まだお起きでないでしょう。起こして参りましょう」 と言う。
「いえ、 いけません。私が少し早過ぎたようです。もうしばらくここで待たせて下さい。いつものお目覚めの頃に」 と言っても、
「いいえ、 かまいませんよ」
と言って女中は出ていった。しばらくして戻って来て、
「とっくにお目覚めですから、あちらへ」
と言う。なるべくならこちらでと言いたかったが、言いかねて後について行く。
桃水先生は木綿の古くなった綿入れの上に、 どてらというものを着て、 白か鼠色のしごき帯というくつろいだ姿でした。 二人だけでさし向かいで坐るのは恥ずかしくて冷や汗が流れる思いでした。女中も帰ってしまった。いつものように、他に人のいない小部屋の中で、 長火鉢一つだけを間に置いてお話をするのです。私のお友達や親戚の人たちにこのことを話したら、どんなにか非難されるでしょう。私はなんと悪い女でしょう。まして互いに語り合うなどとは恥ずかしい限りです。

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