一葉「残簡」(明治24・12・21―12・25)

 きょうは、前文散佚、明治24年12月21日の一部分と見られる日記からです。


(1)せんとて書状を出したるよし。其外には「いといひにくき事なり」などおびただしく前おきし給ひて、なにごとぞや、約束の妻君(さいくん)(2)ことはりにしたりし家政改革の物がたり(3)等(など)あり。おのれは直(ただち)に暇乞(いとまごひ)してかへる。平河町(ひらかはちやう)より車。一時帰宅す。夫(それ)より母君神田の市(いち)(4)に趣き給ふ。夜食(やしよく)の奇談(きだん)あり。其夜西村小三郎(こさぶらう)(5)、暇乞(いとまごひ)にとて常子(つねこ)と共に来る。十二時半床にいる。 

廿二日 曇天。あたたけし。午後(ひるすぎ)より晴(は)る。無事(ことなし)。
廿三日 暗天。国会議事録一覧。海軍大臣の演説に依りて、議会の紛擾(ふんぜう)事件あり(6)。要するに本年の議会は、政府の決心、民党の決心、共に昨年の比にあらず。議会解散せられんか、内閣総辞職に至らんか(7)の傾(かたむ)き折々にみゆれど、如何(いかが)ならんか。午前(ひるまへ)吉田君老母(らうぼ)及実(みのる)君来る。「裁縫を依頼したし」といふ。ことはりかねて国子諾(だく)す。老母と共に母君、元町迄(まで)仕事之(の)品取に参り給ふ。国子もおのれも髪をあらふ。正午(ひる)頃母君帰宅。夕暮方(がた)中島おくら君来る。少時(しばらく)にて帰宅。夫(それ)より三丁目へかひ物に行(ゆく)。「三枝(さえぐさ)にて女子(じよし)出産ありたる」よし、宮塚(みやづか)(8)より通知に付(つき)、其悦(よろこ)びものもとめになり。帰宅やがて、岩佐君(9)来る。十時頃まで談話(ものがたり)してかへる。十二時床にいる。
廿四日 暁頃(あかつきごろ)、強震あり。戸外(こぐわい)に出んとす。少時(しばらく)にてやむ。晴天。午後より母君、三枝へ参る。日没前帰宅。外に無事(ことなし)。
廿五日 睛天。寒気ことに甚だし。午前に髪あげをなし、母君、安達(あだち)へ歳末(さいまつ)に趣き給ふ。佐藤梅吉歳暮(せいぼ)に来る。鮭(さけ)の魚一尾(さかないつぴ)到来。今日は、半井うし、約束の金持参し給ふべき約なれば(10)、其事となく心づかひす。庭前(にはさき)の梅一輪(以下散佚)


(1)前文は散逸しており、日付も不明。22日の日記に続いているので、これは21日の記事とみられる。
(2)婚約の女性、あるいは誰かの妻女に家事を頼もうとしていたのか。
(3)妹の幸を戸田家に嫁がせて、手伝いにも暇を出していた桃水は、弟の浩の問題で乱れた家庭内を刷新するため、しばらくは一人で家の中のことを切りもりすると話した。一葉は不可思議な桃水の態度を、求婚だと感じ取ったようだ。
(4)歳の市。
(5)家族ぐるみの知人で文房具店を営んでいた西村釧之助の弟。茨木県へ養子に行くため、暇乞いに訪れた。
(6)明治24年12月22日、衆議院の予算案の審議で、軍艦の建造費などを削ろうとする議員たちに怒り、樺山資紀・海軍大臣が、いまの国があるのは薩長のおかげではないか、などと政府の実績を誇る演説をした。これに対して、政費の節減を求める自由党や改進党の反発をかい、議場は混乱に陥った。
(7)予算案をめぐる民党と政府の対立は、軍備拡張費の削減では民党の要求通りとなったが、議会を通じて官吏の定員と俸給の増減で官僚を統制下に置こうとした運動は、政府に拒まれたまま松方正義首相は12月25日をもって衆議院解散とすることを決めた。日本憲政史上、最初の解散権の行使となった。そして、民党勢力が内閣を総辞職に追い込むかどうかが焦点となっていた。
(8)父、則義の時代からの縁戚。神田区中猿楽町に家があり、三枝とも関係があったとみられている。
(9)蝉表内職の元締ではないかと見られている。
(10)何日か前に一葉は桃水に生活の危急を打ち明けて、援助の承諾を得ていた。そして桃水は、25日の晩小田久太郎に15円を届けさせた。


朗読は、YouTube「いちようざんまい」でどうぞ。



《現代語訳例》
高橋和彦訳『完全現代語訳樋口一葉日記』(アドレエー、1993年11月)から。


(十二月二十一日)・・・・・・しようとして手紙を出されたとのこと。(桃水先生は)その他には、大変言いにくいことだが、などとひどく長い前置きの言葉があって、どういう訳か約束の妻を断ったこと、また家政改革のことなど話された。私はすぐにおいとまして帰る。平河町から車をひろって、 一時に帰宅する。それから母上は神田の歳の市に行かれる。夕食の折に面白い話があった。夜、西村小三郎氏が妹の常子さんと一緒にお別れの挨拶に見える。十二時半に床に人る。

二十二日。曇。暖かい日。午後より晴れる。
二十三日。晴。新聞の国会議事録を見る。昨日海軍大臣の演説によって国会が混乱したとある。要するに本年の議会は政府の決心も野党の決心も、共に昨年以上に固いようだ。議会が解散するのか、内閣が総辞職するのか、どうなるのであろうか。午前、邦子の友人の吉田家の老母と実子さんが見える。裁縫を頼みたいと言う。邦子は断りかねて承知する。老母と一緒に母上は元町までその仕事の品を取りに行かれる。邦子も私も髪を洗う。正午頃母上は帰宅。夕方、歌子先生の妹の中島おくらさんが見える。しばらく話して帰られる。それから本郷三丁目まで買物に行く。三枝(さいぐさ)の所で女の子が生まれたと、宮塚くにからの知らせで、そのお祝いの品を買いに行ったのでした。帰宅するとすぐに岩佐が来る。十時頃まで話して帰る。十二時床に入る。

二十四日。明け方に強い地震があった。外に出ようかと考えていると、しばらくして止む。晴。午後から母上は三枝のところへ行かれる。日暮れ前に帰宅される。他には何事もない。
二十五日。晴。寒さがことに厳しい。午前、母上は髪を結って安達盛貞氏のところ へお歳暮を届けに行かれる。佐藤梅吉氏がお歳暮に来る。鮭一尾いただく。今日は半井先生がお約束のお金を持って来て下さる日なので、あれこれと心遣いをする。庭の梅が一輪・・・・・・


コメント

人気の投稿