一葉「うもれ木」21
きょうは、第8回の後半部分です。
「何(なん)の、夜(よ)るではあり知れる事か。明るき処(ところ)で明日(あす)剃(そ)りて給はれ。先(ま)づは品物も出来上がりて、小成(せうせい)(1)に安んずるではなけれど、祝ひてもよき事なり。四五日(にち)の中(うち)に辰雄どの誘ひ出して、三人連れに何処(どこ)ぞへ行かん、その約束今宵(こよひ)して来る心、おそくはならねど金目(かねめ)の物、家(うち)にあるだけ不用心なり、門(かど)の戸さして待ち給へ。さりとは胸に雲もなし、嗚呼(ああ)月もよし」
と立上がる兄。その手にすがつて門(かど)まで送くれば、地上に落つる影二つ、見る見る一つは遠くなるを、見送つて立つ影うらかなしく、夜風軒(のき)ばの榎(えのき)に淋(さみ)し。
昔しは他処(よそ)にみし表札、やがては弟(おとと)の門(かど)くぐる籟三、頼む、どうれの玄関向き小(こ)うるさく、辰雄の居間は兼(かね)て(2)知る、庭口の戸を押せば明きたり。霜(しも)にしめりし芝生(しばふ)の上、踏むに音なき袖(そで)がき隠(がく)れ、聞こゆる声は高からねど、影は障子に二人(ふたり)三人(みたり)、聞きたし何なんの相談会と、引き立つる耳に一(ひ)と言こと、二(ふた)た言こと、怪しや夢か意外の事ども。「某(それ)の子爵(ししやく)たまに(3)遣(つか)ひて、何某(なにがし)長官に歎願さへせば、この事必らず成り立つべし。某(それ)の殿の証印は柳橋(やなぎばし)(4)のに握らせ次第、金穴(きんけつ)(5)は例の大尽(だいじん)、気脈(きみやく)は兼(かね)て通じ置(おき)たり。跡は野となれ(6)、山師(7)ともいへ詐欺(さぎ)とも言へ、愚者に持たせて不用の財、引き上げる事世(よ)の為(ため)なり。思ふも腹筋(はらすぢ)(8)は洋行がへりの才子どの、何の活眼(くわつがん)(9)、しれた物(10)よ。魔睡剤(ますゐざい)(11)は入江の妹(いもと)、この間の宴会に眼尻(めじり)の角度(かくど)(12)見て取りぬ。あの頑物(ぐわんぶつ)(13)に説きつけが六(む)づかしけれど、恩と言ふ獄屋(ごくや)(14)入り、八重(やへ)からげ(15)も同じこと。女は増(ま)して(16)懐中(ふところ)そだち(17)の世間見ず、情(じやう)の深きだけ丸(まろ)め安し。下ろす元手の細工は粒々(りうりう)(18)。籟三といふ奴(やつ)おもひの外(ほか)、遣(つか)ひ道不向(ふむき)なれど、飼つて置かば何(なに)にかなるべし。楠(くすのき)どのの泣き男(19)、人間に不用もなき物、博(ひろ)く愛するこれも仁(じん)か」と不敵の詞(ことば)。声は辰雄か、「汝(おの)れ」とばかり、奮然(ふんぜん)立ち上がつて更(さら)に摩(さ)する腕の無念さ。内には何時(いつ)か話し絶えて、玉笛(ぎよくてき)(20)の声喨喨(りやうりやう)(21)と聞え出でぬ。
(1)わずかばかりの成功。
(2)予て。前から。今までずっと。
(3)計画を果すため有効な手段として。
(4)柳橋芸者。江戸時代から花柳街として栄えた。
(5)資金や費用を出してくれる人。
(6)後は野となれ山となれ。目先のことさえなんとかすめば、あとはどうなってもかまわない。
(7)他人を欺いて利益を得ようと図る人。詐欺師。
(8)腹筋をよる。おかしくてたまらないこと。
(9)物事の道理や本質をよく見分けることのできる人。
(10)痴れもの。愚かな人。
(11)麻酔薬。
(12)「目尻を下げる」は、女に見とれたりおぼれたりすることをいう。
(13)籟三のことをいっている。
(14)恩義で束縛すること。
(15)幾重にもしばる。
(16)なおさら。いわんや。
(17)親の手許で大切に養育されること。
(18)細工は流流仕上げを御ろうじろ。単にやり方だけをとやかくいわないで、出来上がりを見てから批評せよという意。
(19)楠木正成が配下の泣き男を使って敵を欺いた『太平記』の故事による。
(20)「玉」は美称で、美しくつくりあげた笛。
(21)音の明るく澄んで鳴り響くさま。
朗読は、YouTube「いちようざんまい」でどうぞ。
籟三は「なに、夜でもあるし、わかりはすまい。明るいところで、明日剃ってくれ。まずは作品もできた。これしきの成功で満足するおれではないが、祝ってもいいことだ。四、五日のうちには辰雄殿をさそいだして、三人でどこかへ行こう。その約束を、今夜してくるつもりだ。遅くはならないが、金目のものがうちにあるだけに不用心だ。門の戸をしめて待っておいで。心にかかる雲もない身には、ああ、なんと月がうつくしい」 と立ち上がりますと、お蝶はその手をとって、門まで送りますと、地上に落ちる影はふたつ、そのひとつがみるみる遠ざかるのを、見送って立つ影の姿はうらがなしくて、夜風が軒端の榎にわびしい音をたてます。
むかしは他人と見ていた表札ですが、いまは弟同然の篠原の家の門をくぐり、籟三は 「たのもう」 「どうれ」 の玄関先の挨拶もわずらわしく、かねて知っている辰雄の居間へ向かおうと、庭ロの戸を押せば開きます。霜にしめった芝生はなんの足音もせず、袖垣ごしに聞こえてくる声は高くはないのですが、影は障子に二人、 三人、なんの相談であろうか、聞きたいものだ、とそばだてた耳にはいる、ひとことふたことは、夢かと驚くほどに意外な内容なのでした。「あの子爵を使って 、なにがし長官に直訴させれば、きっとうまく行くだろうさ。子爵の印判は、柳橋の芸者に金をにぎらせれば、 なんとでもなる。資金源は例のお大尽で、気脈はすでに通じておいた。あとは野となれ、山となれ、山師とも詐欺師ともよばれてもよい。愚者には不用な財産を、まきあげるのは世の為だ。思ってもおかしくて腹がよじれるのは、洋行帰りのあの才子どの。あれで、ものを見る目があるものやら。あの男には、入江の妹が麻酔剤に使える。このあいだの宴会で、あの娘にすっかり目尻をさげていたからな。あの頑固な兄をときふせるのが骨だが、なに、こちらの恩でがんじがらめにしてあるから、動きはとれまい。娘のほうは、箱入り娘で世間知らずだ。情の深いだけに、まるめこみやすい。元手をかけた細工はりゅうりゅう、仕上げを待つばかり。籟三という奴は思いの外に使い道のない男だが、飼っておけば何かの役には立つだろう。楠正成が使った泣き男の例もある。役に立たない人間はいない。だから広く恩をほどこしておくのも、これも仁慈のうちであろうよ」と不敵な言葉です。声の主は辰雄か、おのれ、とばかり憤然とたちあがりはしたものの、むなしく腕をさする無念さ。案内の話し声はいつしか絶えて、喨々(りょうりょう)とうつくしい笛の音がきこえてまいりました。
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