一葉「うもれ木」3

 きょうから、「うもれ木」の第二回に入ります。

第二回

散る木(こ)の葉(は)にすら、笑みぞあまる(1)と聞く十六七を、貧にくるしめば月も花も皆なみだの種。同じほどの少娘(こむすめ)が、流行(はやり)し帯の新形染(しんがたぞめ)の浴衣(ゆかた)きて、姿どこやら嫋(たほ)やかに、よく見ればよくもなき顔だちも、三割とくの白粉(しろいもの)ぬりくり(2)、幾度(いくど)じれたる癖直(くせなほ)し(3)の、お陰(かげ)にふくらむ鬢付(びんつ)きたぼ付き、天晴(あつぱ)れ美人と招牌(かんばん)うつて、摺(す)れ違ひに薫る香水の追風(おひかぜ)まで、ぱツとせし扮粧(いでたち)の夕詣(ゆふまう)で。何を願ひぞ、神さまさぞやお困りの連中に、顧みられて我が形(なり)はづるとなけれど、快(こゝろ)よからねば洗ひざらしの浴衣(ゆかた)の肩、我れ知らず窄(すぼ)めて小走りするお蝶、並らぶ縁日の小間(こま)もの店(みせ)に目もくれず、そゝぐは一心(いつしん)兄の上ばかり。「願ひは富貴でなく栄華でなし。我が形(なり)この上の襤褸(つゞれ)に、よしや縄(なは)の帯(4)しめよとまゝ、我れ生涯(しやうがい)に来(く)べき運、あらば兄様(あにさま)の身にゆづりて、腕の光りの世に現はるゝやう、みがく心の満足されるやう、二つには同じ画工の侮(あなど)り顔(がほ)する奴(やつ)を、兄さまの前に両手つかせたく、仏壇のお二(ふ)た方(かた)(5)に、お位牌(ゐはい)の箔(はく)つけて欲しき」がそもそもの願ひ。手内(てない)職(しよく)の手巾問屋(はんけちどんや)(6)に納むる足をそのまゝ、霊験(れいけん)あらたかなりと人もいふ、白金(しろかね)の清正公(せいしやうこう)(7)に日参の、こむる心を兄には告げねど、聞かば画筆なげ出して、「芸に親切(8)の志、我れまだ其方(そなた)に及ばず」とや言はん。

(1)ちょっとしたことでもよく笑う年ごろの意。ことわざに「箸がころんでもおかしい年ごろ」。
(2)ことわざに「色の白いは七難隠す」(色白の女性は、他の欠点を補って余りある魅力がある)。
(3)髪を結う前に、熱湯に浸した布などで髪の癖を直すこと。
(4)縄を帯の代わりに腰に巻く境涯。乞食を暗示しているようだ。
(5)亡くなった両親。
(6)ハンカチ、しゅきん(手巾)。洋服の普及とともに浸透し、縁縫が女性の内職になっていた。
(7)港区白金台一丁目にある、日蓮宗の寺。加藤清正の位牌や像が祀られているので清正公と通称される。勝負祈願の寺として信仰を集めている。
(8)ここでは、深くはなはだしい、深切 の意。心入れの深いこと。

下向(げかう)(9)はことに家のこと気になりて、心も足もいそぐ道の、とある小路(こうぢ)に夥(おびたゞ)しき人だち。喧嘩(けんくわ)か物どりか何(なに)にもせよ、側杖(そばづゑ)うたれぬやうと除(よ)けて通る、多くの人の袖(そで)のしたを、洩(も)れて聞こゆる涙ごゑ、ふつと耳に止まりて、我しらず差(さし)のぞけば、憐(あは)れや五十あまりの老女、貧にも限りのなきものかな、我れに比べて今(いま)一倍(ばい)あさましき有様。むかしは由緒(よし)ある人か、皺(しわ)める眉目(びもく)どこか品(ひん)もあるを、不憫(ふびん)やこれが商売(あきなひ)の、何焼(なにやき)とかいう(10)銅(あかがね)の板、うち渡せし小屋台(こやだい)のかげに、頭(かしら)すりつけて繰りかへす詫(わび)ごと。相手は三十ばかりの髭(ひげ)むしやくしやと、見るからが憎(に)く気(げ)な奴、大形の浴衣(ゆかた)胸あらはに着て、力足ふみ立てつ耳も聾(しひ)よと喚(わめ)き立(たつ)るは、いづれ金が敵(かたき)の世の中。元来(もともと)は懇意づくの、生(うまれ)ながらに顔赤め合ひしなかでもあるまじきに、始めは伏し拝みて受(うけ)たる恩、返へすことのならぬは心がらならず、この社会に落入りし身の右左不如意(ふによい)にて、約束せしこと約束のやうにもならねば、我れと恥ぢて心ならぬ留守も遣(つか)ひ、果ては言ひたくなき嘘(うそ)に、一月(ひとつき)を延ばし十五日(にち)を過ぐせど、その揚句さて何(なん)ともならず、つまりつまりては烏羽玉(うばたま)の(11)やみの夜(よ)、家(いへ)ぬしの垣(かき)の外に両手合はせて拝みながら、不義理不名誉の欠落(かけおち)もすめり。

(9)社寺に参拝して帰ること。
(10)今川焼などが想定される。
(11)烏羽玉(ヒオウギの実)が黒いところから、「黒」「闇」「夜」「夢」などにかかる枕詞。


朗読は、YouTube「いちようざんまい」でどうぞ。



《現代語訳例》『たけくらべ 現代語訳・樋口一葉』井辻朱美訳「うもれ木」から



十六、七なら、木の葉が散ってさえ、笑みがこみあげるとしごろとはいえ、貧しさにうちひしがれていますと、月も花もなみだの種となり、同じとしごろの少女が、流行の帯に新型染めの浴衣(ゆかた)を着て、それなりにたおやかな姿となり、しさいに見れば美しくない顔立ちにも、三割もましに見えるような白粉をぬって、くせ毛を直そうといじりすぎてびんやたぼのあたりがふくらんでしまったのはともあれ、いっぱし器量よしのつもりで歩いてきて、すれちがうと香水の風までこちらの顔にふきつけてくる、そんなはでやかなタ詣でのさまが目にはいります。「神さまも、あのひとたちのお願いにはさぞお困りであろう」 などと思われるような、そうした少女たちの身なりにひきか え、お蝶はわが身のみすぼらしさを恥じるとは思わぬまでも、洗い晒しの浴衣の肩をやはりすぼめるようにして、縁日の小間物店には目もくれずに小走りに歩いてゆくのですが、その胸の中は兄さまのことひとつ、みずからの富貴や栄華をねがうのではなく、わが生涯に少しでも幸運が来るさだめであるなら、自分はぼろに縄の帯をしめてもよいから、その幸運を兄さまにゆずりたいとの一心なのでした。兄さまの腕が世に認められるよう、精進ひとすじのお心が満たされるよう、さらには、同じ画工で兄さまを侮るひとたちをいつか見返して頭をさげさせてやりたい、仏壇の両親のご位牌に箔をつけたい、その一念で、内職のハンカチを問屋におさめる足をのばし、霊験あらたかと噂にきく白金の加藤清正公は覚林寺に日参し、願をかけているのでした。兄さまには話してはおりませんが、もしこのことがお耳にはいれば、絵筆を投げ出し、「芸にうちこむ志は、おれはまだおまえに及ばない」ともおっしゃることでありましょう。参詣の帰るさには、ことに家のことが気にかかり、心も足もせかれるのでしたが、とある小路に大ぜいのひとびとがひしめきあい、声をあげている、あれは喧嘩か物とりかしら、まきぞえにはなりたくないと、お蝶は避けるように通ってゆきました。しかし多くの人の袖の下からもれてくる涙声が耳に入り、われしらず足をとめてのぞくようにしますと、下には下があるというのでしょうか、お蝶よりもさらに貧しい身なりの、年は五十あまり、しわに埋もれた顔にもどことなく、昔のゆいしょある暮らしがほの見える品のよい老女が、何焼きというのか、商いのための銅板を渡した屋台のかげに頭をすりつけるようにしてわびごとをくりかえしているではありませんか。相手はとみれば、三十ばかりの髯のむさくるしい男、見るからに贈々しいようすで、 大きな柄の浴衣を胸もはだけるように着て、足をふみ鳴らし、 耳もつぶれるような声でわめきたてています言葉から察せられることは──

そもそも金が仇となるこの世の中、元は互いも懇意の間柄、このように顔を赤くしていがみあう仲でもなかったでしょうに、いっぽうがふしおがんでありがたく金を借りたことが発端で、不本意にも返す算段がつかなくなり、このような社会に落ち込んで右も左もわからぬ者が、約束を果たせずに、恥じ入るあまりに居留守を使う、心苦しく嘘をつくなどして、返済期限をひと月半あまりもひきのばしたあげく、やはりどうにもしようがなくて、不義理・不名誉な夜逃げまでしてしまう、そんな類いの事情とみえました。

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