樋口一葉「日記 ちりの中」⑥
きょうは、明治27年2月28日から3月3日までです。
二十八日 早朝、久佐賀より書あり。「君が着神の凡(ぼん)ならざるに感ぜり。爾来(これより)したしく交はらせ給はば余(よ)が本望なるべし」 などあり。「頃日(けいじつ)、臥龍梅(ぐわりようばい)(1)満開の時なるに、いかで同行して、天地の花時(はなどき)と人世(じんせい)の花時(どき)をならべ賞せんはたのしからずや。適日(てきじつ)を期(ご)して返章(へんしやう)を賜(たま)はらん事を」とあり。又別紙に、「君がふたたび来たらせ給ふをまちかねて」とて歌あり。
「とふ人やあるとこころにたのしみて
そぞろうれしき秋の夕暮」
歌もよからず、手もよく書(かき)たりとは見えね ど、才(ざえ)をもて一世をおほはんの人なるべし。梅見(うめみ)の同行は、かれに趣向あるべし。「我れは彼れが手中に入るべからず」とほほ笑みて、返事したたむ。「貧者余裕(ゆとり)なくして、閑雅(かんが)の天地に自然の趣(おもむき)をさぐるによしなく、御心(みこころ)はあまたたび拝しながら、御供(おとも)の列(つら)にくわわり難(がた)きを、さる方に見ゆるし給へ。よしや袂(たもと)にあまる梅がかは此処(ここ)に縁(えん)なくとも、おこころざしを月とも花とも味はひ申すべく、不日(ふじつ)参上御(お)をしへをうけん」とて、かへしならねどかくなん。
すみよし(2)の松は誡か忘れ草
つむ人多きあはれうきょに
三月一日 『文学界』十四号来る。早朝、田部井(3)より状(ふみ)来る。妻の急病にてうせたるよし。すべて夢かとあきる。母君、直(すぐ)に弔(とぶら)ひにゆく。
二日 曇り。かしらなやましくて終日(ひねもす)打ふす。夕刻(ゆふがた)、号外来る。衆議員当撰者の報(しらせ)なり(4)。
三日 小雨(こさめ)ふ る 。
此ほどすべてことなし。
(1)亀戸天神社付近にある梅園。かつては、江戸近郊の行楽地として知られる梅屋敷があった。梅屋敷は、浅草の伊勢谷彦右衛門の別荘で、梅の木が多く植えられ庭の梅は300余株を数えたという。ここを訪れた水戸光圀(水戸黄門)は、梅の木の中でまるで龍が地面を這うような形で咲いている一株に、臥龍梅と命名したといわれている。
(2)歌枕。いまの大阪市南部の海浜の景勝の地で、松の名所として知られる。この地に鎮座する住吉神社の祭神は、海上交通の守護神として、和歌の神としても信仰される。元来の地名は「すみのえ」だったが、「住吉」と当てた表記から「すみよし」の読みが生まれた。歌では「波」「寄る」「松=待つ」「忘れ草」、また「住み良し」などが詠み込まれる。
(3)小学館全集の脚注には「龍泉寺町移転前に最も交渉の多かった仲買商。則義らが、錦町に事務所を置いて荷車請負業組合の設立にかかったころからの馴染と思われる。家は神田区東松下町十四にあった」とある。
(4)3月1日に執行された帝国議会(衆議院)議員の総選挙の開票速報。
朗読は、YouTube「いちようざんまい」でどうぞ。
《現代語訳例》高橋和彦『完全現代語訳 樋口一葉日記』(アドロエー、1993.12)から
二十八日。早朝、久佐賀から手紙が来る。
「あなたの精神の非凡さに感激しました。今後親しくご交際して下さるならば私の本望に思うところです。丁度今は臥龍梅が満開です。是非ご一緒に自然の花と人生の花とを味わうことが出来れば、どんなに楽しいことでしょう。ご都合のよい日をご返事下さい」とある。また別紙に
「またのお越しを待ちかねて
訪ふ人やあると心に楽しみてそぞろ嬉しき秋のタ暮れ」
とある。歌もよくないし、字も上手だとは見えないが、才能をもって世間に有名になろうとする人でしょう。梅見を誘ってきたのは何か企みがあるのでしょう。その手に丸め込まれる訳にはいかないと笑って返事を書く。
「私は貧乏暇なしとかで、美しい自然を訪ねて遊ぶだけのゆとりがありません。お気持ちは嬉しく有難く存じますが、お供出来ませんことをお許し下さい。美しい梅の花は私にはご縁がなくても、あなた様のお志を月とも花とも 思って味わわせていただきます。いずれ参上して教えを受けたく思います」
と書いて、返歌という訳ではないが次の歌を書きつける。
すみよしの松はまことか忘れ草つむ人多きあはれ浮世に
三月一日。「文学界」十四号が送ってくる。早朝、田部井氏から手紙がくる。奥様が病気で亡くなられたとのこと。母上 はすぐお悔みに行かれる。
二日。曇。頭痛がするので終日寝ている。夕方、号外が来る。衆議院議員の当選者の報せでした。
三日。小雨が降る。
このところ書くような事はない。
コメント
コメントを投稿