塵中日記 ⑥
きょうは、明治26年12月2日からです。
二日 晴れ。議会紛々擾々(ふんぷんぜうぜう)(1)。私行のあばき合ひ、隠事(かくしごと)の摘発、さも大人げなきことよ。
半夜眼(まなこ)をとぢて静かに当世の有さまをおもへば(2)、あはれいかさまに成りていかさまに成らんとすらん。かひなき女子(をなご)の何事をおもひたりとも、猶蟻(あり)みすずの天を論ずるにもにて、「我れをしらざるの甚(はなはだ)し」と、人しらばいはんなれど、さてもおなじ天をいただけば、風雨(あらし)、雷電(いかづち)、 いづれか身の上にかからざらんや。国の一隅にうまれ、一端に育ちて、我大君(わがおほきみ)のみ恵(めぐみ)に浴するは、彼の将相(しやうしやう)にも露おとらざるを、日々せまり来る我国の有さま、川を隔てて火をみる様(やう)にあるべきかは。安きになれてはおごりくる人心の、あはれ、外(と)つ国の花やかなるをしたひ、我が国振(くにぶり)のふるきを厭(いと)ひて、うかれうかるる仇ごころは、なりふり住居(すまひ)の末なるより詩歌政体のまことしきにまで移りて、流れゆく水の塵芥(ちりあくた)をのせてはしるが如く、何処(いづこ)をはてととどまる処をしらず。かくてあらはれ来ぬるものは何ぞ。外は対韓事件(3)の処理むづかしく、千島艦(ちしまかん)の沈没(4)も、我れに理(ことわり)ありて彼れに勝ちがたきなど、あなどらるる処あればぞかし。猶(なほ)、条約の改正せざるべからざるなど、かく外にはさまみ\に憂ひ多かると、内は兄弟かきにせめぎて、党派のあらそひに議場の神聖をそこなひ、自利をはかりて公益をわするるのともがら、かぞふれば猶(なほ)指もたるまじくなん。 にごれる水は一朝にして清め難(がた)し。 かくて流れゆく我が国の末いかなるべきぞ。外にはするどきわしの爪あり、獅子の牙(きば)あり。印度(インド)、埃及(エジプト)の前例をききても(5)、身うちふるひ、たましひわななかるるを。いでよしや、物好きの名にたちて、のちの人のあざけりをうくるとも、かかる世にうまれ合せたる身の、する事なしに終らむやは。なすべき道を尋ねて、なすべき道を行はんのみ。さても恥かしきは女子(をなご)の身なれど、
吹かへす秋のゝ風にをみなへし
ひとりはもれぬのべにぞ有ける
四日 晴れ。神田にかひ出しをなす。久し振(ぶり)にて伊東の夏子ぬしを訪(と)ふ(6)。もの語り多くて、日没ちかくまで話す。『宇治拾遺(うぢしふゐ)』ならびに『西行撰集鈔(さいぎやうせんじふせう)』(7)かり来 る。
(1)11月29日の第5回帝国議会では、星亨衆議院議長の不信任決議案が提出され、可決されたが、星亨が辞職を拒否。11月30日の議場で、中村弥六、角田真、大岡育造らが星を糾弾した。
(2)『徒然草』の第29段に「静かにおもへば、よろづに過ぎにしかたの恋しさのみぞせんかたなき」とある。
(3)防穀令事件のこととみられる。明治22年、朝鮮咸鏡道で凶作を理由に出された穀類輸出禁止令に日本の貿易商が大打撃を受けたとして、日本政府が賠償などを朝鮮に要求した。明治26年に朝鮮政府は賠償金を支払った。
(4)明治25年、瀬戸内海で軍艦千島がイギリスの商船と衝突し沈没した事件。日本側死者74人。日英両国から相互に損害賠償を要求して紛糾した。第一審は会社側の要求を不当として反訴を却下したため、会社側は上海領事法廷に控訴、93年10月に裁判長は第一審判決を破棄し会社側を支持した。
(5)19世紀半ばごろから20世紀初頭にかけて、“太陽の沈まない国”イギリスは、インドやエジプトを含む広大な地域を植民地支配した。
(6)伊東夏子の住んでいた駿河台南甲賀町は、一葉が雑貨の仕入れに通った多町に近かった。
(7)鎌倉時代の仏教説話集。9巻。西行作に仮託して、跋文では寿永2(1183)年に擱筆とするが、虚構。西行作と伝えられてきたが、著者未詳。神仏の霊験、高僧の法徳・発心談など百余話を収めている。
朗読は、YouTube「いちようざんまい」でどうぞ。
《現代語訳例》高橋和彦『完全現代語訳 樋口一葉日記』(アドロエー、1993.12)から
二日。議会は紛糾はなはだしい。互いに私行のあばき合いや秘密の摘発など、何とも大人げないことよ。
ひとり静かに眼を閉じて思えば、現代の社会の有様は一体どうなって行くのだろうか。無力な女性が何を思い悩んだとしても、ちょうど蟻や蚯蚓(みみず)が天を論ずるようなもので、身の程を知らないのも甚だしいと言うでしょうが、しかし女性だとて、同じ空の下に生活し、同じ危険にさらされているのです。この日本の地に生まれ、大君のご恩を受けている点では、あの大臣大将と全く同じなのです。私だけが、日々切迫してくる我国の現状を、対岸の火事のようにのんびりと見てよいものでしょうか。安楽な生活に慣れて贅沢になった人々の心は、外国の華やかな風俗を追い求め、我国の古い伝統を捨てるという軽薄なものとなり、日常生活の小さな面から文学や教育や政治といった本質的な面にまで拡がり、濁った水が塵や芥を乗せてどんどん流れ行き、とどまる所を知らない有様です。このようにしてどういう結果が起こったかを見てみよう。対外的には韓国との事件がむつかしくなり、軍艦「千島」 の英国ラヴェンナ号との衝突沈没事件の裁判問題も、道理は我国にありながら英国に勝つことが出来なかった事は、外国から侮られている所があるからです。また不平等な日英条約は改正しなければならないなど、対外的に心配な問題が多いのです。一方、国内を見れば、人々は互いに敵視しあい、議会では党派の争いで神聖な議場を汚し、個人の利益ばかりを追い国家の利益を忘れている連中が数えきれない程多いのです。濁った水は急には清め難いのです。このようにして流れて行く我国の将来は一体どうなるのでしょうか。外を見れば鷲が鋭い爪を磨き獅子が牙をむいているのです。歴史を振り返ってインドのことやエジプトの例を聞けば、身も心も震えるような思いです。物好きな女だと世間の人々から噂され、また後世の人々から嘲笑されても、このような時代に生まれ合わせた者として、何もしないで一生を終えてよいのでしょうか。何をなすべきかを考え、その道をひたすら進んで行くだけです。それにしても恥ずかしいのは 女性の身であることです。しかし私の気持ちは、
吹きかへす秋の野風に女郎花ひとりは漏れぬ野辺にぞありける
四日。晴。神田に買出しに行く。久し振りに伊東夏子さんを訪ねる。話が多くてタ暮れ近くまで話す。「宇治拾遺物語」と「西行撰集鈔」 とを借りてくる。
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