塵中日記 ④
きょうは、明治26年11月16日から26日までです。
十六日 雨。図書館にゆく。
十七日 はれ。
十八日 はれ。禿木子来訪。文界の事につきてはなし多し。
十九日 はれ。神田にかひ出しす。明日は二の酉(1)なれば、店之(の)用いそがはし。
『文学界』に出すべきものもいまだまとまらざる上に、昨日今日(きのふけふ)は商用いとせわしく、わづらはしさたえ難(がた)し。二の酉のにぎはひは、此近年(きんねん)おぼえぬ景気といへり。熊手(2)、かねもち(3)、大がしら(4)をはじめ、延喜物(えんぎもの)うる家の、大方うれ切れにならざるもなく、十二時過(すぐ)る頃には、出店(でみせ)さへ少なく成ぬとぞ。廓内(なか)のにぎはひをしてしるべし。
よの中に人のなさけのなかりせば(5)
もののあはれはしらざらましを二十一日 晴れ。
二十二日 おなじく。
二十三日 星野子より『文学界』の投稿うながし来る。いまだまとまらずして(6)、今宵(こよひ)は夜すがら起居(おきゐ)たり。
二十四日 終日(ひねもす)つとめて猶ならず、又夜と共にす。女子(をなご)の脳はいとよはきもの哉(かな)。二日二夜(ふつかふたよ)がほど露ねぶらざりけるに、まなこはいともさえて、気はいよいよ、澄行(すみゆく)ものから、筆とりて何事をかかん、おもふことはただ雲の中を分くる様に、あやしうひとつ処(ところ)をのみ行(ゆき)かへるよ。「いかで、明(あく)るまでにつづり終らばや。これならずんば死すともやめじ」と、只(ただ)案じに案ず。かくて二更(にかう)のかねの声も聞えぬ。気はいよいよ澄(すみ)ゆきぬ。さし入 る月のかげは、霜にけぶりてもうもう朧々(ろうろう)たるけしき、誠に深夜の風情(ふぜい)身にせまりて、まなこはいとどさえゆきぬ。かくても文辞(ぶんじ)は筆にのぼらず、とかくして、一番どりの声もきこえぬ。大路ゆく車の音きこえ初(そめ)ぬ。こころはいよいよせはしく成て、あれよりこれに移り、これよりあれにうつり、筆はさらに動かんともせず。かくて明けゆく夜半(よは)もしるく、向ひなる家、となりなどにて、戸あくる音、水くむなどきこえ初(そむ)るままに、唯(ただ)雲の中に引入るる如く成て、ねるともなくしばしふしたり。
二十五日 はれ。霜いとふかき朝にて、ふとみれば初雪ふりたる様(やう)也。ねぶりけるは一時計(いつときばかり)成けん。今朝(けさ)は又金杉(かなすぎ)に菓子おろしにゆく。寒さものに似ざりき。しばしにてもたましゐをやすめたればにや、今日は筆の安らかに取れて、午前(ひるまへ)の内に清書(きよがき)も終りぬ(7)。郵書(いうしよ)になして星野子におくりしは、一時頃成しか。午後(ひるすぎ)、禿木子(し)にはがき出す。菊池隆直(たかなほ)殿参らる。隆一(たかかず)(8)君が一周(いつしう)の祭(まつり)なりとて、むしもの到来。廿六日にとて母君を招く。
二十六日 晴れ。寒し。今朝、洲崎弁天町(すさきべんてんちやう)、火あり。夜の三時頃よりと聞えしかば、過半(おほかた)はやけうせしなるべし。母君、正午時(ひるどき)より家を出給ふ。留守、上野君来訪。あはれなるけしきなり。
(1)11月の第2の酉の日。また、その日にたつ市をいう。酉の市の中でも、ひときわ賑わう。
(2)福徳をかき集めるとされる竹製の縁起物。宝船、おかめの面、小判、ますなどの飾りが付き、酉の市で売られる。
(3)黄金餠。もちあわを蒸してついた粟餠(あわもち)の美称。
(4)サトイモの一品種、八つ頭の大きなものを蒸して、笹竹の茎に刺したもの。食べるとかしら(頭)になるとされた。
(5)『古今和歌集』の在原業平の歌「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」(この世の中に、桜がまったくなかったなら、春をすごす人の心はどんなにのどかなことでしょう)をふまえている。
(6)「琴の音」の執筆について記している。
(7)「琴の音」を脱稿した。明治26年12月30日発行の『文学界』第12号に掲載された。
(8)明治25年11月26日ごろ死亡した、菊池隆直の長男と考えられている。
朗読は、YouTube「いちようざんまい」でどうぞ。
《現代語訳例》高橋和彦『完全現代語訳 樋口一葉日記』(アドロエー、1993.12)から
十六日。 雨。図書館に行く。
十七日。晴。
十八日。晴。禿木氏来訪。文壇のことであれこれと話が多い。
十九日。晴。神田に買出しに行く。明日は二の酉なので店の用事が忙しい。「文学界」に出す作品の構想もまだまとまらない上に、昨日今日は店の方がとても忙しく、我慢出来ないほどに煩わしい。
二十日の二の酉の賑やかさは近年にない景気だという。熊手、かね餅、大がしら芋を初め、縁起ものを売る家の殆どが売り切れになってしまって、十二時過ぎ頃には品物がなくなり出店さえ少なくなったという。遊廓の中の繁昌は想像できるというものです。
よの中に人のなさけのなかりせばもののあはれは知らざらましを知らざらましを
二十一日。晴。
二十二日。同じ。
二十三日。星野天知氏から 「文学界」 の原稿を催促してくる。まだまとまらないので今夜は夜通し起きていた。
二十四日。一日中努力したがまだ出来ない。夜も努力する。女の頭は何と弱いものよ。二日二晩ばかり全く眠らなかったというだけで、目は冴え気持ちはますます澄みゆくものの、さて筆を執って書こうとすると、思うことはまるで雲の中を分け行くようで、妙に同じ所を行ったり戻ったりするばかりでした。夜が明けるまでに是非書き上げたい。出来あがらないなら死んでもやめるものかと、ひたすら思案に思案を重ね続ける。こうやって夜も更けて十時の鐘も聞こえた。気持ちはますます澄んでいった。さしこむ月の光は霜に煙って朦朧とした様子は、まことに秋の深夜の風情で、目はますます冴えに冴えるのでした。しかしそれでもまだ 一言一句も書けない。そのうちにとうとう一番鶏の声も聞こえ、夜は明けそめて、通りを行く車の音も聞こえるようになった。心はいよいよあせりにあせって、あれを思いこれを思いするのだが、 筆はいっこうに進もうともしない。こうしているうちに夜はどんどん明けて行き、向かいの家や隣の家などで戸を開ける音、水を汲む音などが聞こえてくると、ただもう雲の中に引き入れられるように朦朧となって、眠 るとも なく眠ってしまったのでした。
二十五日。晴。霜がとても深い朝で、ふと見るとまるで初雪が降ったようです。眠 ったのはほんの僅かの時間だったのでしょう。今朝はまた金杉町に菓子の買出しに行く。何とも言えないほど寒い。しばらくでも心を休めたためでしょうか、今日は筆が軽く動いて午前中に清書も終わった。郵便で星野氏に送ったのは一時ごろでした。午後禿木氏にはがきで知らせる。
菊池隆直氏が見える。長男の隆一さんの一周忌だといって蒸菓子をいただく。明二十六 日に法要をするといって母上を招待なさる。
二十六日。晴。寒い。今朝深川洲崎遊廓で火事があった。午前三時ごろの出火と聞くので、 大半が焼けたことでしょう。母上は正午から出かけられる。その留守に上野氏来訪。何か元気がない様子でした。
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