一葉「塵中日記(今是集・乙種)」②
きょうは、明治26年10月18日からです。平田禿木が再び来訪します。
十八日 雨やうやくやむ。午後(ひるすぎ)、西村母君来訪。釧之助に縁談ととのひぬるよし。
十九日
二十日 母君、小石川(1)によろこび持参。
二十一日 今日はにし村が婚礼なり。
二十四日 雨。相馬家事件(2)、局面一変。順胤(よりたね)君はじめ被告一同、無罪放免。原告錦織(にしごり)夫妻、弁護士岡野寛、及び山口予審判事、拘引(こういん)せらる。
二十五日 睛れ。午前(ひるまへ)、神田にかひ出しをなす。午後(ひるすぎ)、平田禿木(3)子(とくぼくし)来訪。「来月の『文学界』にかならず寄書(きしよ)なすべき」よしを約す。 七月以来(このかた)はじめて文海の客にあふ(4)、いとうれし。旅宿(やど)は日ぐらしのさと、花見寺(はなみでら)(5)の隣家(となり)にて、妙隆寺(めうりゆうじ)とかいへるよし。 此夜、田辺査官(さくわん)(6)来訪。貧民救助之事につきてはなしあり。 縁談のこと申(まうし)来る。二十六日 雨。
此ほどしるすべきことなし。
三十一日 『文学界』十号、及び五号以下を送らる。
十一月一日 晴れ。多丁(たちやう)にかひ出しをなす。
二日 久保木姉君来訪。金子(きんす)の事たのむ。
三日 晴天。皇運万歳(7)。
四日 図書館に書物みる。本日、平田君より書状(ふみ)来る。久保木より秀太郎、金子(きんす)持参。金五円也。
五日 多丁にかひ出し。さくらか(8)より小間物仕入る。
六日 図書館にゆく。本日より十二日まで、虫ぼしの為閉館のよし、やむを得ずかへる。今日もかひ出し多し。
七日 晴れ。
八日 薄ぐもり。今日は初酉(はつとり)(9)也とて、例(いつも)の通り市どもたつ。日ぐれ前、少し人の出はげしかるべき頃より、雨ふり出づ。周章狼狽(しうしやうらうばい)といふの外なし。 おもはぬ儲(まうけ)は、馬車、人力、飲食店、かさやなど也。
九日 晴れ。多丁にかひ出し。
十日 はれ。
十三日 山梨より広瀬(10)来る。例之(いつもの)訴訟事件にて也。今宵我家に一泊。
十四日 はれ。初霜(はつしも)しろし。
(1)小石川表町の西村宅。
(2)奥州の旧相馬藩主相馬誠胤が精神変調を来して居室に監禁された事件を、主家のっとりの陰謀と考えた臣下の錦織剛清は、明治26年7月、誠胤毒殺犯として異母弟の順胤とその母西山リウらを東京地方裁判所に告発した。一方、相馬家側は錦織を誣告罪で告訴した。同年10月24日の結審では、相馬家側に告訴事実の証拠が認められないとして被告は全員免訴となって放免され、逆に錦織らが誣告罪で拘引された。これで一連の事件は一段落することになった。
(3)平田禿木(ひらたとくぼく、1873 - 1943)は、英文学者、随筆家。1903~06年イギリスに留学後、第三高等学校などの教授を歴任。 1893年『文学界』の創刊に参加し、『薄命記』 (1894) 、『神曲余韻』(1897) など哀韻悲調の名文で上田敏と並び称された。
(4)禿木の訪問を機に、一葉は執筆意欲を再び取り戻した。「文海」は、文壇の意か。
(5)臨済宗妙心寺派の寺院、青雲寺(現・荒川区西日暮里)。この辺りは、江戸時代の中ごろから「ひぐらしの里」と呼ばれ、青雲寺は桜の名所として賑わったため「花見寺」と呼ばれた。
(6)龍泉寺町の大音寺前の派出所に詰めていた、下谷警察署の巡査とみられている。
(7)明治天皇の誕生日(天長節)にあたる。
(8)下谷区車坂町(現・. 台東区上野)の小間物屋。髪油「桜香」で知られた。
(9)11月に入って最初の酉の日。
(10)広瀬ぶんに関する訴訟問題で、ぶんの伯父の広瀬七重郎が郷里から上京して樋口家に泊まった。5月27日に再審請求したが棄却されたため、再び請求を出したとみられている。
朗読は、YouTube「いちようざんまい」でどうぞ。
《現代語訳例》高橋和彦『完全現代語訳 樋口一葉日記』(アドロエー、1993.12)から
十八日。雨ようやく止む。午後西村の母親来訪。釧之助の縁談がまとまったとの事。
十九日。
二十日。母上は小石川の西村の所にお祝いを持って行かれる。
二十一日。今日は西村の婚礼の日。
二十四日。雨。相馬家の事件、局面一転。相続人の相馬順胤氏はじめ被告全員無罪。原告の錦織夫妻、弁護士岡野寛および山口判事は逮捕され拘引された。
二十五日。晴。午前、神田に買出しに行く。午後、平田禿木さん来訪。来月の 「文学界」に必ず原稿を出すことを約束する。七月の転宅以来初めて文壇の人に逢う。とても嬉しい。住所は日暮里の花見寺の隣の妙隆寺とのこと。夜、田辺巡査来訪。貧民救助問題のことで話しこんで行く。縁談の話もあった。
二十六日。雨。
このころ特に書く事はない。
三十一日。 「文学界」十号と五号以下も送ってくる。
十一月一日。晴。多町に買出しに行く。
二日。 久保木の姉が来る。お金の調達を頼む。
三日。 晴。天長節。皇室の御発展を祈り万歳。
四日。図書館にて読書。今日禿木さんから手紙が来る。久保木の秀太郎が頼んでおいたお金を持って来る。金五円である 。
五日。多町に買出し。「さくら香」から小間物を仕人れる。
六日。図書館に行くが、 今日から十二日まで虫干しのため休館とのことで、やむなく帰る。今日も買出しが多い 。
七日。晴。
八日。薄曇。今日は初の酉で、例年通り市がたつ。夕暮れ前の人の出が多くなる頃から雨が降り出す。その様子は周章狼狽というより他はない。思いがけない儲けをしたの は、馬車、人力車、飲食店、傘屋などでした。
九日。晴。多町に買出し。
十日。晴。
十三日。例のおぶん訴訟事件のために山梨から広瀬七重郎氏が見える。今夜はここに一泊される。
十四日。晴。初霜が白い。
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