一葉日記「塵之中」11

 きょうは、明治26年8月7日からです。

七日 晴れ。早朝、花川戸 の問屋に糸、はりをもとめけり。しやぼんの割合、中村屋よりはや廉(やすね)に覚えしかば、一本もとめて来る。駒形の蝋燭屋(1)にろうそくをかひ、看板の事などたのむ。帰宅後多事(ことおほし)。西村より書状(ふみ)来る。依頼なし置(おき)し金子(きんす)、ちかぢかに出来(いでく)べきもやうをいひこす。本日、区役処より入籍之件に付(つき)呼出し来る。今日は昨日にくらべて商(あきな)ひ少し多し。

八日 晴れ。早朝髪をゆひて八時頃より区役処にゆく。母君の年齢(とし)、芝区より間(ま)ちがひ来たりて(2)、今更に改たむること面倒なれば、「天保九年生れ(3)」となす。莫子小売願ひの奥印をこひて、東京府庁分署(4)に行く。浅草南元町(みなみもとまち)とて、厩(うまや)ばしのまだ先き也けり。印紙料三拾銭、半年分税金五拾銭を納(をさ)めて事ととのふ。帰路(かへるさ)、中村屋に蚊遣香(かやりかう)(5)の有無を問ひ、用たし少しなす。他店(よそ)のもやうをも知らんとて、紙類少しづつもとめ来る。今日のあつさは又おびただ敷(しく)、田圃道(たんぼみち)などは(6)全く往来(ゆきき)絶えたり。家に帰りしは正午(ひる)、これよりしばしひる寐(ね)す。夕方より母君、中之町(なかのちやう)(7)に参らる。仕事持参。此夜習字。

九日 晴れ。早朝、二人あきなひあり。物馴れぬほどのをかしさは、五厘の客に一銭のものをうり、一銭の客に八厘のものを出すなど、跡にてしらぶればあきれたる事をのみなすものぞかし。此ままにてをしゆかば、中々に利を見ることの出来得(う)べきにもあらねど、「其うちには又其うちの利ロ(りこう)生ずべし」 など語り合ふ。伊せ久のお千代どの買ものに来らる。二十銭計(ばかり)商ひあり。午後(ひるすぎ)、上野君来訪。夕飯をいだす。日くれてより西村来る。金十円持参。上野の房蔵(ふさざう)君、徴兵の抽せんにのがれけるよし。

十日 晴天。早朝、母君と共に森下(8)にて菓子箱を買ふ。帰路(かへるさ)、母君三間丁(さんげんちやう)を訪ひ給ふ。伊三郎がつま、昨朝逃亡と聞く。驚愕(きやうがく)、直(すぐ)に山梨へ(9)書状(ふみ)出す。 北川君(10)のもとへは、「明朝(みやうてう)菓子買出しにゆくべき」よし、はがき出す。

(1)浅草区駒形町の増田新蔵。蠟燭のほか、油や紙類も売っていたという。
(2)明治22年9月、芝区西応寺町に転居したときの登記。一葉は18歳だった。
(3)母のたきは、実際には天保5年5月の生まれだった。
(4)浅草区南元町にあった。明治29年、厩橋税務署として、浅草、下谷、本所区を管轄するようになった。
(5)除虫菊の粉を原料としてつくった線香。 蚊を追いはらうためにたく。
(6)小学館全集の脚注には「浅草田原町方面から六区の裏を通って千束町の田圃道を行くと、大音寺前に出る」とある。
(7)仲之町の引手茶屋の伊勢久。
(8)浅草区森下町(現・台東区寿)。
(9)山梨県・大藤村の広瀬伊三郎。
(10)妹くにの友人の北川秀子。家では菓子や玩具類を商っていた。


朗読は、YouTube「いちようざんまい」でどうぞ。




《現代語訳例》高橋和彦『完全現代語訳 樋口一葉日記』(アドロエー、1993.12)から


七日。晴。早朝、 花川戸の問屋に行き糸と針を仕入れる。棒石鹸の値段が中村屋よりは安かったので一本買ってくる。駒形の蝋燭屋で蝋燭を買い、看板の事など頼む。帰宅後は忙しかった。西村から手紙が来る。頼んでおいたお金は近いうちに出来そうだと言ってよこす。今日区役所から戸籍転入のことで呼び出しが来る。今日は昨日にくらべて商いが少し多い。

八日。晴。早朝髪を結って八時頃から区役所に行く。母上の年齢は芝区に転入の時以来間違って記載されていたが、今更改めるのも面倒なので、そのまま天保九年生まれとする。菓子小売願いに許可印を貰うため東京府庁分署に行く。分署は浅草南元町で厩橋よりもっと先でした。印紙料三十銭、税金半年分五十銭を納めて手続きは完了する。帰りに中村屋で蚊取線香の有 無を聞き、他に用たしを少しする。他の卸屋の様子も知ろうと思って、紙類を少しずつ買う。今日の暑さはまた格別で、田圃道などは全く人の往来もない。家に帰ったのは正午、それからしばらく昼寝する。夕方から母上は仲之町に行かれる。仕事を受けてこられる。夜、習字をする。

此の頃のことを少し。
一、オーストリア皇太子来朝。
一、 榎本子爵夫人たつ子死去。寺は駒込吉祥寺。葬儀は五日。
一、伊藤総理の子息、式部官勇吉氏が函館で大負傷。オーストリア皇太子奉迎のために行かれたが、乗船の際にボートに転落のためとか。生命もむずかしいとか。
一、知人の笹岡氏が判事の退職を命ぜられる。
一、 朝日新聞の小説が一昨日から村上浪六氏のになる。題名は「深見重三」。例によっていつも同じ書き振り。

九日。晴。早朝二人買いに来た。まだ馴れない頃で、五厘の客に一銭の物を渡したり、一銭の客に八厘の物を渡すなど、後で調べるとあきれるような事ばかりしている。この調子ではとても利益をあげることも出来そうにないが、そのうちにはまた知恵もでてくるだろうなどと話し合う。伊勢久のお千代さんも来て、二十銭ばかり買い物される。午後上野氏来訪。夕食を出す。日が暮 れてから西村が金十円を持って来る。藤林房蔵氏は徴兵の抽選をのがれたとか。

十日。晴。早朝母上と一緒に浅草森下町に行き菓子箱を買う。帰りに母上は三間町の伊三郎の家を訪ねて行かれる。伊三郎の東京妻のお若が昨日の朝から逃亡していると聞き、驚いて直ちに山梨の伊三郎宛に手紙を出す。北川さんには明朝菓子の買い出しに行く旨のはがきを出す。

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