一葉日記「塵之中」10

きょうは、明治26年8月4日からです。

四日 晴れ。終日(ひねもす)まちけれども問屋も来(きた)らず、 伊せ利も来たらず。「いかに行違ひしにか」と一同まち侘(わ)ぶ。夕刻より問屋の様子ききに行く。違約のかどをいたく詫びて、「明日は早朝に持ち行くべし」といふ。「さらば」とて、 これより神田にゆく。雉子町(きじちやう)の北川君がもと(1)を訪(と)はんとて也。途中にみやげもの買ひて、三味(しやみ)せんぼり(2)より車にてゆく。邦子が友の中(うち)にて、一(いち)の人と見えけり。少し軽忽(きやうこつ)にて重(おも)りかなる処は少なけれど、馴(な)れ安げに奥そこなきぞ却(かへ)りては心深かるべきにや。詞(ことば)つきも取なしも洒々落々(しやしやらくらく)とせし人也。あきなひの事につきて種々(さまざま)たのむ。帰路(かへり)はくらく成けり。

(1)神田区雉子町(現・千代田区神田美土代町~神田司町2丁目)にあった北川秀子の家。菓子や玩具の仕入れを周旋してもらおうと赴いた。
(2)江戸下谷、不忍池から東南方に流れ、隅田川に合流していた忍川下流の通称で、その形状から三味線堀とよばれた。現在の台東区小島町あたりで、かつて秋田藩藩邸があった。堀には船着場があり、下肥、木材、野菜、砂利などを輸送する船が往来していた。明治末から大正期にかけて、次第に埋め立てられ、姿を消した。

五日  晴れ。早朝、 根津のほうづき屋(3)を訪ふ。はなしあり。下谷区役処に廻りて、菓子小売の鑑札をうけんとす。いまだ戸籍の事さだまらざればとて、やめになす。今日も午後(ひるすぎ)まで問屋来らず。伊せ利の、「手つだひに」とて一時ごろに来たりければ、中村屋(4)に約束の為ゆく。「直(すぐ)に送るべし」といふ。二時までまてど来たらす、三時にもまだ也、四時も過(すぎ)けり、五時ちかく成りて来る。日没までにかざりつけ済(すま)せり。 二間(けん)の間口に五円の荷(5)を入れけるなれば、其淋(さび)しさおもふべし。幸ひに田部井よりがらす箱(6)を買ひおきしかば、それにて少しものにぎやかしに成ぬ。伊せ利には一こん出す。十時ちかくまで飲みて話しけり。

(3)
本郷区根津片町の太田芳之助。
(4)荒物問屋。
(5)小学館全集の脚注によれば、糊・安息香、元結、掃除用具、付木、磨き砂、箸、麻ひも、楊子、鉄漿(かね)下、亀節、歯磨粉、ランプの芯、藁草履、卵、せっけん、たわし、蚊遣香、マッチ、簓(ささら)など。
(6)ガラス入りの蓋の付いた木箱。中の商品が見えるようになっている。

六日 晴れ。店を開く。向ひの家(うち)にて直(すぐ)に買ひ来るも中々にをかしき物也。母君は、「例之(いつもの)奥田(7)に利金(りきん)払ひ、田部井に箱をあがなはん(8)」とて家を出づ。師君より書状(ふみ)来る。一両日中に伊香保(いかほ)へ湯治に趣き給ふよし。その留守にて、我れ主(ぬし)と成りて数(かず)よみ(9)催しくれよ、との頼み也。断りの文(ふみ)を出す。文につけて思ひ出たり。伊庭(いば)(10)のもとに一昨日(をととひ)はがき出したり。
夕刻より着類(きもの)三つよつもちて、本郷の伊せ屋(11)がもとにゆく。四円五拾銭かり来る。菊池君(12)のもとに紙(かみ)類少し仕入(しいれ)る。二円ちかく成けり。今宵(こよひ)はじめて荷をせをふ。中々に重きものなり。家に帰りしは十時ちかく成りき。持参の紙類、明日の朝店(みせ)に出すべき様(やう)、今宵のうちに下ごしらへをなす。十一時床に入る。

(7)樋口家の債権者。栄という名の未亡人とされる。
(8)買い求めよう。
(9)数詠。いくつかの題を用意して、各題ごとに詠み競う。一定時間内に詠む歌の数を競う場合もある。
(10)郵便局員をしていた伊庭隆次。
(11)伊勢屋。生活が苦しくなるたびに通っていた質屋。1860年の設立。
(12)「むさしや」という小さな紙屋を営んでいたという。

朗読は、YouTube「いちようざんまい」でどうぞ。




《現代語訳例》高橋和彦『完全現代語訳 樋口一葉日記』(アドロエー、1993.12)から


四日。晴。 一日中待っていたが問屋も伊勢利も来ない。どのように行き違いになったのかと皆で待ちわびる。夕方から問屋の様子を聞きに行く。違約したことをひどく詫びて、明日は早朝に持って行くという。その後、北川秀子さんを訪ねようと思って神田雉子町に行く。途中で土産を買い徒(おかち)町三味線堀から車で行く。邦子の友人の中では一番の人と思われる。少し軽はずみの人で重い所は足りないが、親しみやすくて奥がないように見えるところが、 かえって情け深い人のようだ。話しぶりも応対の仕方もさっぱりした人だ。商売のことを色々頼む。帰りは暗くなってしまった。

五日。晴。早朝根津の酸漿屋に頼みに行く話が出て、ついでに下谷区役所に廻って菓子小売りの鑑札を受けようと思ったが、ま だ戸籍のことが決まっていないので取りやめにする。今日も午後まで問屋が来ない。伊勢利が手伝いのために一時ごろ来たので、中村屋へ約束のことを言いに行く。直ぐに届けるという。二時まで待っても来ない。三時になってもまだ来ない。四時も過ぎ、五時近くなってやっと来る。日暮れまでに飾り付けをすます。二間の間ロの店にわずか五円の商品を入れたのだから、その寂しさはおして知るべしです。幸い田部井からガラス箱を買っておいたので、それでいくらか賑やかになった。伊勢利にはお酒を出す。十時近くまで飲んで話していった。

六日。 晴。開店する。向かいの家からすぐ買いにきたのも、なかなか面白い。母上は奥田の所に月々の利子を払いに、また田部井の所に箱を買いにといって出られる。中島先生から手紙が来る。一両日中に伊香保に湯治に行かれるとのこと。その留守中に私が主となって歌会を開いてほしいとのこと。お断りの手紙を出す。
手紙で思い出したが、一昨日伊庭のところにはがきを出した。
夕方、 着物三、四枚を持って本郷の伊勢屋(質店)に行く。四円五十銭借りて来る。菊池氏の店で紙類を少し仕入れる。二円近くになった。今夜初めて荷物を背負う。なかなか重いものだ。家に帰ったのは十時近かった。持ち帰った紙類を明日の朝店に出すために、夜のうちにその準備をする。十一時に床に入る。

コメント

人気の投稿