樋口一葉「たけくらべ」29
きょうから第14章に入ります。ちょうどこの時期に催される酉の市が話題になっています。
十四
この年三の酉《とり》まで(1)ありて、中《なか》一日(2)はつぶれしかど、前後の上天気(3)に大鳥神社の賑《にぎわ》ひすさまじく、此処《ここ》をかこつけに(4)、検査場《けんさば》の門(5)より乱れ入る若人《わかうど》達の勢ひとては、天柱くだけ地維《ちい》かくる(6)かと思はるる笑ひ声のどよめき、中之町《なかのてう》(7)の通りは、俄《にわか》に方角の替りしやうに(8)思はれて、角町《すみてう》京町《きようまち》、処々《ところどころ》のはね橋より、さつさ押せ押せ(9)と猪牙《ちよき》(10)がかつた言葉に人波を分くる群もあり、河岸《かし》の小店《こみせ》の百囀《ももさへ》づり(11)より、優にうづ高き(12)大籬《おほまがき》(13)の楼上まで、絃歌の声のさまざまに沸き来るやうな面白さは、大方の人おもひ出でて忘れぬ物に思《おぼ》すもあるべし。
(1)11月の酉の日は、2回の年と3回ある年がある。
(2)二の酉。
(3)一の酉と三の酉は、天気がいい。
(4)参詣するのを口実にして。
(5)通常は閉鎖されている遊廓の裏門。
(6)「天柱折レ地維欠ク」(『史記』三皇本紀)。天が落ちてこないようにささえているという柱が折れ、大地を支えているという綱が切れるほどの騒ぎ。
(7)仲の町。
(8)ふつうは大門から入って来るのに、この日は検査場の裏門から入って来るので。
(9)江戸深川の遊里などでうたわれた俗謡のはやしことば。吉原へ向かう猪牙船の掛け声にもなっていたようだ。
(10)猪牙船。屋根のない舳先のとがった細長い小舟。江戸市中の河川で使われ、吉原へ通う遊客にも多く用いられた。
(11)もともと鳥がにぎやかにさえずる意だが、ここでは遊女の客を呼ぶ声をこう形容している。
(12)三階建てなど十分に高い。
(13)吉原で最も格式の高い遊女屋。入り口を入ったところの格子(籬)が全面、天井まで達していたという。
正太はこの日、日がけの集めを休ませ貰《もら》ひて、三五郎が大頭《おほがしら》(14)の店(15)を見舞ふやら、団子屋の背高《せいたか》が愛想気《あいそげ》のない汁粉やを音《おと》づれて、
「どうだ、儲《まう》けがあるかえ」
と言へば、
「正さん、お前好い処へ来た。我《お》れが餡《あん》この種なし(16)になつて、もう今からは何を売らう、直様《すぐさま》煮かけては置いたけれど、中途《なかたび》お客は断れない、どうしような」
と相談を懸けられて、
「智恵なしの奴め、大鍋《おほなべ》の四辺《ぐるり》にそれッ位無駄がついてゐるではないか。それへ湯を廻して砂糖さへ甘くすれば、十人前や二十人(17)は浮いて来よう。何処でも皆なそうするのだ、お前の店《とこ》ばかりではない。何、この騒ぎの中で好悪《よしあし》(18)を言ふ物があらうか、お売りお売り」
と言ひながら、先に立つて砂糖の壺を引寄すれば、目ッかち(19)の母親おどろいた顔をして、
「お前さんは本当に商人《あきんど》に出来てゐなさる。恐ろしい智恵者だ」
と賞めるに、
「何だ、こんな事が智恵者な物か。今、横町の潮吹き(20)の処《とこ》で餡が足りないッて、こうやつたを見て来たので、己れの発明ではない」と言ひ捨てて、
「お前は知らないか、美登利さんのゐる処を。己れは今朝から探してゐるけれど何処《どこ》へ行《ゆつ》たか、筆やへも来ないと言ふ。廓内《なか》だらうかな」
と問へば、
(14)唐の芋(サトイモの栽培品種)。酉の市の縁起物。
(15)露店。
(16)材料がなくなる。
(17)二十人前。
(18)汁粉の味加減。
(19)片方の目が見えない。
(20)潮吹の面。ひょっとこ。あだ名とみられる。
朗読は、YouTube「いちようざんまい」でどうぞ。
《現代語訳例》『たけくらべ 現代語訳・樋口一葉』(河出書房新社、2008.1)[訳・松浦理恵子]から
十四
この年は三の酉まであって中一日はつぶれたけれど前後の上天気に大鳥神社の賑わいはすさまじく、これにかこつけて検査場の門から乱れ入る若人たちの勢いといったらなく、天柱くだけ地綱欠けるかと思われる笑い声のどよめき、仲之町の通りはにわかに方角が変わったように思われて、角町(すみちよう)京町ところどころの刎橋(はねばし)から、さっさ押せ押せと猪牙(ちよき)舟のかけ声めいた言葉で人波を分ける群れもあり、河岸の小店の遊女の呼び声のするあたりから、素晴らしく高い大籬(おおまがき)の楼上まで、弦歌の声がさまざまに湧いて来るような面白さはたいていの人が思い出して忘れないものとお思いになる人もあるだろう、正太はこの日日がけの集めを休ませて貰って、三五郎の唐芋の店の様子を見に行ったり、団子屋の背高(せいたか)の愛想のない汁粉屋を訪れて、どうだ儲けがあるかえと言うと、正さんおまえいいところへ来た、俺のところは餡この種がなくなってもう今からは何を売ろう、すぐさま煮かけてはおいたけれど途中のお客は断れない、どうしような、と相談を持ちかけられて、知恵なしの奴め大鍋のぐるりにそれっくらい無駄がついているではないか、それへ湯を回して砂糖さえ甘くすれば十人前や二十人は浮いて来よう、どこでもみんなそうするのだおまえのとこばかりではない、なにこの騒ぎの中でよしあしを言う者があろうか、お売りお売りと言いながら先に立って砂糖の壺を引き寄せたら、片目の母親が驚いた顔をして、おまえさんは本当に商人(あきんど)にできていなさる、 恐ろしい知恵者(ちえしや)だと褒めるので、正太は何だこんなことか知恵者なものか、今横町の潮吹きのとこで餡が足りないってこうやったのを見て来たので俺の発明ではない、と言いすてて、おまえは知らないか美登利さんのいる所を、俺は今朝から探しているけれどどこへ行ったか筆屋へも来ないと言う、廓内(なか)だろうかなと尋ねると、
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