樋口一葉「たけくらべ」23
きょうから第11章に入ります。
十一
正太は潜《くぐ》り(1)を明けて、ばあと言ひながら(2)顔を出すに、人は二三軒先の軒下をたどりて、ぽつぽつと行く後影、
「誰れだ誰れだ、おいお這入《はいり》よ」
と声をかけて、美登利が足駄《あしだ》を突かけばきに、降る雨を厭《いと》はず駆け出《いだ》さんとせしが、
「ああ彼奴《あいつ》だ」と一ト言、振かへつて、
「美登利さん、呼んだつても来はしないよ、一件(3)だもの」
と自分の頭《つむり》を丸《まろ》めて見せぬ(4)。
「信《のぶ》さんかへ」(5)と受けて、
「嫌やな坊主つたら無い(6)。屹度《きつと》筆か何か買ひに来たのだけれど、私たちが居るものだから、立聞きをして帰つたのであらう。意地悪るの、根性まがりの、ひねつこびれの(7)、吃《どんも》りの、歯《はッ》かけの(8)、嫌やな奴め、這入つて来たら散々と窘《いぢ》めてやる物を、帰つたは惜しい事をした。どれ下駄をお貸し、一寸《ちよと》見てやる」
とて正太に代つて顔を出せば、軒の雨だれ前髪に落ちて、
「おお気味が悪るい」
と首を縮めながら、四五軒先の瓦斯燈《がすとう》(9)の下を、大黒傘(10)肩にして少しうつむいてゐるらしく、とぼとぼと歩む信如の後かげ、何時までも、何時までも、何時までも見送るに、
「美登利さん、どうしたの」
と正太は怪しがりて背中をつつきぬ。
(1)くぐり戸の略。くぐって出入りする戸や門。
(2)相手を驚かそうとする子供らしいいたずら。
(3)遠回しに言うときに用いる語。あの人。あいつ。
(4)坊主であることを示すしぐさ。
(5)思わず信如への親愛感が言葉にあらわれた。
(6)以降は、他の人たちを意識して信如を悪くいう。
(7)若々しさがなく年寄りじみたやつ。
(8)信如のはきはきしないところをののしっている。
(9)ガスを燃やして発する光を用いた明かり。ここでは街灯か。日本では明治5年に横浜で初めて使われた。
(10)大阪の大黒屋が、大黒天の印を押して売り出した番傘。粗末だが丈夫で安価。
「どうもしない」
と気のない返事をして(11)、上へあがつて細螺《きしやご》を数へながら、
「本当に嫌やな小僧とつてはない(12)。表向きに威張つた喧嘩は出来もしないで、温順《をとな》しさうな顔ばかりして、根性がくすくす(13)してゐるのだもの、憎くらしからうではないか。家の母《かか》さんが言ふてゐたつけ、瓦落瓦落《がらがら》(14)してゐる者は心が好いのだと。それだからくすくすしている信さん何か(15)は、心が悪るいに相違ない。ねへ正太さん、さうであらう」
と口を極めて信如の事を悪く言へば、
「それでも龍華寺はまだ物が解つてゐるよ。長吉と来たら、あれははや(16)」
と、生意気に大人の口を真似れば、
「お廃《よ》しよ正太さん、子供の癖にませた様でをかしい。お前は余つぽど剽軽《ひやうきん》もの(17)だね」とて美登利は正太の頬《ほう》をつついて、
「その真面目がほは」
と笑ひこける(18)に、
(11)信如に心を奪われている美登利にとって、正太郎のことばはうわの空のようだ。
(12)いやな小坊主といったらほかにない。
(13)こっそりと事をするさまや、そうした性格。さっぱりしていない。
(14)あけっぴろげで、がさつ。遠慮しないで露骨に、大声でものを言ったり、笑ったりする性質。
(15)なんか。やなにか。
(16)あれはもう(どうしようもない)。
(17)気軽でおどける人。
(18)わらいころげる。
朗読は、YouTube「いちようざんまい」でどうぞ。
《現代語訳例》『たけくらべ 現代語訳・樋口一葉』(河出書房新社、2008.1)[訳・松浦理恵子]から
十一
正太は潜り戸をあけて、ばあと言いなから顔を出すと、人は二三軒先の軒下をたどって、ぽつぽつと行く後ろ影を見せており、誰だ誰だ、おいお入りよと声をかけて、次いで美登利が足駄を突っかけばきにし、降る雨を厭わず駆け出そうとしたが、あああいつだとひとこと、言った正太が振り返って、美登利さん呼んだって来はしないよ、例の奴だもの、と自分の頭を丸めて見せたのだった。
信さんかえ、と受けて、厭な坊主ったらない、きっと何か買いに来たのだけれど私たちがいるものだから立ち聞きをして帰ったのであろう、意地悪の、根性曲がりの、ひねっこびれの、吃(どんも)りの、歯っかけの、厭な奴め、入って来たらさんざんといじめてやるものを、帰ったのでは惜しいことをした、どれ下駄をお貸し、ちょっと見てやる、と言って正太に代わって顔を出せば軒の雨だれが前髪に落ちて、おお気味が悪いと首を縮めながらも、四五軒先の瓦斯(がす)燈の下を大黒傘を肩にのせ少しうつむいているらしくとぼとぼと歩む信如の後ろ影を、いつまでも、いつまでも、いつまでも見送っているので、美登利さんどうしたの、と正太は訝しがって背中をつついたのだった。
どうもしない、と気のない返事をして、上へ上がって細螺を数えながら、本当に厭な小僧だったらない、表向きにはいばった暄嘩はできもしないで、おとなしそうな顔ばかりして、根性がぐずぐずしているのだもの憎らしかろうではないか、家(うち)の母(かか)さんか言うていたっけ、がらがらしている者は心がよいのだと、それだからぐすぐずしている信さんなんかは心が悪いに相違ない、ねえ正太さんそうであろう、と口をきわめて信如のことを悪く言うと、それでも龍華寺はまだものがわかっているよ、長吉と来たらあれはいやはやと、正太が生意気に大人のロぶりを真似たものだから、およしよ正太さん、子供の癖にませたようでおかしい、おまえはよほど剽軽者(ひょうきんもの)だね、と言って美登利は正太の頬をつつき、その真面目顔はと笑いこけたとこ ろ、
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