樋口一葉「たけくらべ」21

きょうから第10章に入ります。 

  十

祭りの夜は田町の姉(1)のもとへ使を吩附《いひつけ》られて、更《ふく》るまで我家へ帰らざりければ、筆やの騒ぎは夢にも知らず、明日《あす》になりて、丑松文次その外の口よりこれこれであつたと伝へらるるに、今更ながら長吉の乱暴に驚けども、済みたる事なれば咎めだてするも詮《せん》なく、我が名を借りられしばかりつくづく迷惑に思はれて、我が為《な》したる事ならねど、人々(2)への気の毒を身一つに脊負《せおひ》たる(3)様《やう》の思ひありき。長吉も少しは我がやりそこねを恥かしう思ふかして、信如に逢《あ》はば小言や聞かんと、その三四日は姿も見せず、やや余炎《ほとぼり》のさめたる頃に、「信さん、お前は腹を立つか(4)知らないけれど、時の拍子(5)だから堪忍して置いてくんな。誰れもお前、正太が明巣《あきす》(6)とは知るまいではないか。何も女郎《めらう》(7)の一疋《ぴき》位相手にして、三五郎を擲《なぐ》りたい事も無かつたけれど、万燈《まんどう》を振込んで見りやあ唯《ただ》も帰れない、ほんの付景気《つけげいき》(8)につまらない事をしてのけた。そりやあ己《お》れが何処までも悪るいさ、お前の命令《いひつけ》を聞かなかつたは悪るからうけれど、今怒られては法《かた》なしだ。お前といふ後だてがあるので己らあ大舟に乗つたやうだに(9)、見すてられちまつては困るだらうじやないか、嫌やだとつても(10)この組の大将で居てくんねへ、さうどちばかりは組まない(11)から」とて面目なささうに謝罪《わび》られて見れば、それでも私は嫌やだとも言ひがたく、「仕方がない、やる処までやるさ。弱い者いぢめは此方《こつち》の恥になるから、三五郎や美登利を相手にしても仕方がない。正太に末社《まつしや》がついたらその時のこと、決して此方《こつち》から手出しをしてはならない」と留《とど》めて、さのみは長吉をも叱《しか》り飛ばさねど、再び喧嘩《けんくわ》のなきやうにと祈られぬ(12)


(1)葉茶屋で働くお花。
(2)美登利や三五郎ら。
(3)厄介なことや迷惑なことを一人で引き受ける。
(4)怒る。立腹する。
(5)はずみ。何かが行なわれたちょうどその時。
(6)留守。
(7)おんな。女をののしっていう。ここでは美登利指している。
(8)うわべだけ景気がいいように見せかける。虚勢を張るなどして景気よくよそおうこと。
(9)信頼できる人に任せて、安心しきっているようす。
(10)いやだろうが。長吉も信如の気持はわかっている。
(11)しなくてすむようなへまばかりはしない。「どち」は、どぢのこと。
(12)自ずと祈るような心もちになった。「れ」は、自発の助動詞。

罪のない子は横町の三五郎なり。思ふさまに擲《たた》かれて蹴《け》られて、その二三日は立居も苦しく、夕ぐれ毎《ごと》に父親《てておや》が空車《からぐるま》を(13)五十軒の茶屋が軒まで運ぶにさへ、「三公はどうかしたか、ひどく弱つているやうだな」と見知りの台屋(14)に咎《とが》められしほどなりしが、父親はお辞義の鉄《てつ》とて、目上の人に頭《つむり》をあげた事なく、廓内《なか》の旦那(15)は言はずともの事、大屋様地主様いづれの御無理も御尤《ごもつとも》と受ける質《たち》なれば、長吉と喧嘩してこれこれの乱暴に逢《あ》ひましたと訴へればとて、「それはどうも仕方がない、大屋さんの息子さんではないか。此方《こつち》に理があらうが、先方《さき》が悪るからうが、喧嘩の相手になるといふ事はない。謝罪《わび》て来い謝罪て来い、途方もない奴だ」と我子を叱りつけて、長吉がもとへあやまりにやられる事必定《ひつぢやう》なれば、三五郎は口惜《くや》しさを噛《か》みつぶして、七日十日と程をふれば(16)、痛みの場処の癒《なほ》ると共に、そのうらめしさも何時《いつ》しか忘れて、頭《かしら》の家の赤ん坊(17)が守りをして、二銭が駄賃(18)をうれしがり、「ねんねんよ、おころりよ」(19)と背負《しよ》ひあるくさま、年はと問へば、生意気ざかりの十六にもなりながら、その大躰《づうたい》を恥かしげにもなく、表町へものこのこと出かけるに、何時も美登利と正太が嬲《なぶ》りものになつて、「お前は性根《しやうね》を何処へ置いて来た」とからかはれながらも、遊びの仲間は外れざりき。


(13)父親の人力車は借りもので、それを三五郎が茶屋に運ぶ。
(14)遊廓で料理をつくりととのえる仕出屋。
(15)遊女を置く妓楼の主人。
(16)時が経つと。
(17)長吉の末の弟。
(18)子どもの使い走りや手つだいなどの礼として与える金銭。
(19)幼児を寝かしつけるときに言う語。「ねんねん」は、「ね(寝)る」の「ね」を重ねた「ねね」の音変化。おねんねしなさい。


朗読は、YouTube「いちようざんまい」でどうぞ。




《現代語訳例》『たけくらべ 現代語訳・樋口一葉』(河出書房新社、2008.1)[訳・松浦理恵子]から


  十

祭の夜は田町の姉のもとへ使いを言いつけられて、あくる日まで自分の家へ帰らなかったので、筆屋での騒ぎは夢にも知らず、翌日になって丑松文次そのほかの口からこれこれであったと伝えられて、今さらながらに長吉の乱暴に驚いたけれどもすんでしまったことだから咎め立てするのも甲斐がなく、自分の名を借りられたことばかりがつくづく迷惑に感じられて、自分がしたことではないが人々へかけた気の毒はわが身一つの責任であるような思いが信如にはあったこと、長吉も少しは自分のやりそこねを恥かしく思ったのか、信如に逢えば小言を言われるだろうとその三四日は姿も見せず、ややほとぼりのさめた頃に信さんおまえは腹を立てるかも知れないけれど時の拍子だから堪忍しておいてく んな、誰もおまえ正太が留守とは知らないだろうじゃないか、何も女郎(めろう)の一匹くらい相手にして三五郎を殴りたいこともなかったけれど、万燈を振り込んでみりゃあただでは帰れない、ほんの景気づけでつまらないことをしてのけた、そりゃあ俺がどこまでも悪いさ、おまえの言いつけを聞かなかったのは悪かろうけれど、今怒られては形(かた)なしだ、おまえという後ろだてがあるのでおらあ大船に乗ったようだったのに、見すてられちまっては困るだろうじゃないか、厭だと言ってもこの組の大将でいてくんねえ、そうどじばかりは踏まないからと言って面目なさそうに詫びられてみればそれでも私は厭だ とも言いづらく、しかたがないやるところまでやるさ、弱い者いじめはこっちの恥になるから三五郎や美登利を相手 にしてもしかたがない、正太に味方がついたらその時のこと、決してこっちから手出しをしてはならないととどめて、さほどは長吉をも叱りとばさなかったが再び喧嘩がないようにと祈らずにいられなかったのだった。

罪のない子は横町の三五郎である、思うさまに叩かれて蹴られてその二三日は立つのも座るのも苦しく、夕暮れごとに父親が空車を五十軒の茶屋の軒まで運ぶ折りにさえ、三公はどうかしたか、ひどく弱っているようだなと顔見知りの仕出し屋に咎められたほどであったが、父親はお辞儀の鉄といって目上の人に頭を上げたことがなく廓内(なか)の旦那は言うまでもなく、大家様地主様いずれの御無理もごもっともと受ける質(たち)なので、長吉と喧嘩してこれこれの乱暴にあいましたと訴えたところで、それはどうもしかたがない大家さんの息子さんではないか、こっちに理があろうが先方が悪かろうが喧嘩の相手になるということはない、詫びて来い詫びて来い途方もない奴だと我が子を叱りつけて、長吉のもとへ謝りに遣られることは必定(ひつじよう)なのだから、三五郎は口惜しさを噛みつぶして七日十日と時がたてば、痛みの場所が癒えるとともにその恨めしさもいつしか忘れて、頭(かしら)の家の赤ん坊の子守をして二銭の駄賃を嬉しがり、ねんねんころりよ、おころりよ、と背負い歩くありさま、年はと尋ねれば生意気ざかりの十六にもなりながらその図体を恥かしがるようでもなく、表町へものこのこと出かけると、いつも正太と美登利のなぶり者になって、おまえは性根をどこへ置いて来たかとからかわれながらも遊びの仲間ははずれなかったこと。 

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