樋口一葉「たけくらべ」⑰

きょうから第8章に入ります。



走れ飛ばせの(1)夕べに引かへて、明けの別れに(2)をのせ行く車の淋《さび》しさよ。帽子まぶかに人目を厭《いと》ふ方様《かたさま》もあり、手拭《てぬぐひ》とつて頬《ほう》かぶり、彼女《あれ》が別れに名残の一撃《ひとうち》(3)、いたさ身にしみて思ひ出すほど嬉しく、うす気味わるやにたにたの笑ひ顔。坂本へ出《いで》ては用心し給《たま》へ、千住《せんぢゆ》がへりの青物車《あをものぐるま》(4)にお足元あぶなし、三島様の角まで(5)気違ひ街道(6)、御顔《おんかほ》のしまり何《いづ》れも緩《ゆ》るみて、はばかりながら(7)御鼻《おんはな》の下ながながと見えさせ給へば、そんじよ其処《そこ》らにそれ大した御男子様《ごなんしさま》とて、分厘《ふんりん》(8)の価値《ねうち》も無しと、辻に立ちて御慮外(9)を申すもありけり。

(1)吉原の遊客が人力車を急がせるようす。
(2)前夜、遊女と交歓した夢
(3)別れ際、遊女が、思わせぶりの言葉とともに背中をポンと打つ。
(4)千住の青物市場へ買出しに行った帰りの大八車。
(5)吉原・揚屋町の非常門から三島神社の角まで。
(6)正気を失った遊客たちの通り道。
(7)無遠慮ながら。恐れながら。
(8)ごくわずかな量。
(9)思いがけないこと。失礼。ぶしつけ。

楊家《やうか》の娘(10)君寵《くんちよう》をうけてと、長恨歌《ちようごんか》を引出《ひきいだ》すまでもなく、娘の子は何処《いづこ》にも貴重がらるる頃なれど、このあたりの裏屋より赫奕姫《かくやひめ》(11)の生るる事その例多し。築地《つきぢ》の某屋《それや》(12)に今は根を移して(13)御前さま方の御《おん》相手、踊りに妙を得し雪といふ美形《びけい》、唯今のお座敷にて、「お米のなります木は」と、至極あどけなき事は申すとも、もとは此町《ここ》の巻帯党《まきおびづれ》(14)にて、花がるたの(15)内職せしものなり。評判はその頃に高く、去るもの日々に踈《うと》ければ、名物一つかげを消して二度目の花は紺屋《こうや》の乙娘《おとむすめ》(16)、今、千束町《せんぞくまち》に新つた屋の御神燈(17)ほのめかして、小吉《こきち》と呼ばるる公園の尤物《まれもの》(18)も、根生《ねお》ひ(19)は同じ此処《ここ》の土なりし。あけくれの噂《うはさ》にも御出世といふは女に限りて、男は塵塚《ちりづか》さがす黒斑《くろぶち》の尾の(20)、ありて用なき物とも見ゆべし。

(10)楊貴妃のこと。「長恨歌」は、玄宗皇帝と楊貴妃との愛と悲しみをつづった、唐代の詩人白居易による120行の七言古詩。
(11)竹取物語の主人公のかぐや姫。竹の中から生まれて竹取翁に育てられて美しく成長し、貴族や帝みかどに求婚されるがすべて退け、満月の夜に昇天する。ここでは、玉の輿に乗る女のたとえに用いられている。
(12)芸者の置屋を指している。
(13)ある場所から他の地域に移り住む。
(14)あまり育ちのよくない女たちのこと。「巻帯」は、帯を結ばないで腰に巻きつけておくこと。
(15)花札を作る。
(16)藍染め屋の妹娘。
(17)芸者屋の入口にあるちょうちん。
(18)特別に美しい女性。美女。
(19)生まれ。
(20)黒ぶちの犬のしっぽのように。


この界隈《かいわい》に若い衆《しゆ》と呼ばるる町並の息子、生意気ざかりの十七八より五人組七人組、腰に尺八の伊達《だて》(21)はなけれど、何とやら厳《いか》めしき名の親分が手下《てか》につきて、揃《そろ》ひの手ぬぐひ長提燈《ながでうちん》(22)賽《さい》ころ振る事(23)おぼえぬうちは、素見《ひやかし》の格子先《かうしさき》に思ひ切つての串談《じようだん》も言ひがたしとや、真面目につとむる我が家業は昼のうちばかり、一風呂浴びて日の暮れゆけば、突《つき》かけ下駄に七五三の着物(24)、「何屋の店の新妓《しんこ》(25)を見たか、金杉《かなすぎ》の糸屋が娘に似てもう一倍鼻がひくい」と、頭脳《あたま》の中をこんな事にこしらへて、一軒ごとの格子に烟草《たばこ》の無理どり、鼻紙の無心、打ちつ打たれつ、これを一世《せ》の誉《ほまれ》と心得れば、堅気の家の相続息子、地廻《じまわ》りと改名して、大門際《おほもんぎわ》に喧嘩《けんくわ》かひと出るもありけり。見よや女子《おんな》の勢力《いきほひ》と言はぬばかり、春秋《はるあき》しらぬ五丁町の賑《にぎは》ひ、送りの提燈《かんばん》(26)いま流行《はや》らねど、茶屋が廻女《まわし》の雪駄《せつた》のおとに、響き通へる歌舞音曲《おんぎよく》、うかれうかれて入込《いりこ》む人の、何を目当と言問《ことと》はば、赤ゑり赭熊《しやぐま》(27)裲襠《うちかけ》(28)の裾《すそ》ながく、につと笑ふ口元目もと、何処が美《よ》いとも申しがたけれど、華魁(29)衆《おいらんしゆ》とて此処にての敬ひ、立はなれては知るによしなし。


(21)歌舞伎の花川戸助六のような男だて。歌舞伎では曾我五郎の仮の姿として定着し、江戸町人の理想像とされた。
(22)鳶などが持った縦に細長い円筒形の提灯。
(23)ばくちに通うこと。
(24)後ろ幅7寸、前幅5寸、おくみ幅3寸の仕立てで、通常より身幅が狭いやくざなスタイル。
(25)新たにかかえられた遊女。
(26)引手茶屋から妓楼へ客を送るとき、廻女が持つちょうちん。
(27)赤いえりをつけた長襦袢。
(28) 着流しの重ね小袖のうえに羽織って着る小袖。近世の武家女性の礼服で、遊女の正装でもあった。
(29)遊女のこと。吉原で、妹分の女郎や禿などが、姉女郎を「おいらの(姉女郎)」といったのに由来する。


朗読は、YouTube「いちようざんまい」でどうぞ。




《現代語訳例》『たけくらべ 現代語訳・樋口一葉』(河出書房新社、2008.1)[訳・松浦理恵子]から

走れ飛ばせの夕べの活気とは打って変わって、明けがたの別れにも覚め切らぬ夢を乗せて行く車の淋しさよ、帽子をまぶかにおろし人目を嫌う殿方もあり、手拭いで頬かむりをし、女(あれ)が別れぎわによこした名残りの一打ちの、痛さを身にしみて思い出せば思い出すほど嬉しく、うす気味悪いことよにたにた笑いの顔もある、坂本通りに出たら用心しなされ千住帰りの青物車でお足元があぶない、三島様の角までは気違い街道、行く殿方のお顔のしまりはいずれも緩んで、はばかりながらお鼻の下を長々とお見せになっていると、そんじょそこらではそもそも大した紳士であっても、これではほとんど値打ちもないと、辻に立って御無礼なことを申す者もあったこと、楊家(ようか)の娘君寵をうけてと長恨歌(ちようごんか)を持ち出すまでもなく、娘はいずこでも貴重がられる頃だけれども、このあたりの裏屋からかぐや姫が生まれることの例は多いもの、築地の某置屋に今は移って御前(ごぜん)様方のお相手をつとめる、踊りに才のある雪という美人は、ただ今のお座敷でお米のなります木はと至極(しごく)あどけないことを言っていても、もとはここの巻帯党で花がるたの内職をしていた者である、評判はその頃に高かったもので去る者は日々に疎しというならわしの通り、名物が一つ忘れ去られると二度目の花となったのは紺屋の妹娘、今千束町で新つた屋の御神燈をいただいて 小吉(こきち)と呼ばれている公園の貴重物(まれもの)も産地は同じここの土であったもの、噂の絶えない中でも御出世というのは女に限ったことで、男はごみの山をさがす黒斑(くろぶち)の尻尾の畜生のように、いても用のないものとも見えよう、この界隈で若い衆と呼ばれる町並みの息子らは、生意気盛りの十七八から五人組七人組となり、腰に尺八をさす伊達さはないけれど、何かしらいかめしい名の親分の手下に ついて、揃いの手拭いに長提燈姿、さいころを振ることを覚えないうちは冷やかしに出かけた格子先で思い切っての冗談も言いづらいという、自分の家業を真面目につとめるのは昼のうちばかり、一風呂浴びて日が暮れれば突っかけ下駄に七五三の着物で、どこどこの店の新しい妓(こ)を見たか、金杉の糸屋の娘に似ていてもうちょっと鼻がひくいと、頭の中をこのようなことばかりにして、格子一軒ごとに烟草の無理取り鼻紙の無心、打ちつ打たれつするこれを一世の誉れと心得ているので、堅気の家の相続息子が地回りに改名して、大門そばに喧嘩を買いに出たこともあったもの、見よ女の勢いと言わんばかりのありさま、一年を通しての五丁目の賑わい、見送りの提燈は今は流行(はや)らないけれど、茶屋の回す女の雪駄の音に響きまじわる歌舞音曲、浮かれ浮かれて入り込む人に何が目当てと尋ねれば、赤襟赭熊(しやぐま)に打ち掛けの裾の長さ、にっと笑う口元目元、どこがよいとも言いがたいけれど華魁衆とはここで敬うもの、離れていては知るすべがないとの答、

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