樋口一葉「たけくらべ」7

 きょうは第3章の後半です。

二十日はお祭りなれば(1)、心一ぱい面白い事をしてと友達のせがむに、
「趣向は何なりと各自《めいめい》に工夫して、大勢の好い事が好いではないか。幾金《いくら》でもいい、私が出すから」
とて例の通り勘定なしの引受けに、子供中間の女王様《によわうさま》、又とあるまじき恵みは大人よりも利きが早く、
「茶番にしよう、何処《どこ》のか店を借りて、徃来《わうらい》から見えるやうにして」
と一人が言へば、
「馬鹿を言へ、それよりはお神輿《みこし》をこしらへておくれな、蒲田屋《かばたや》(2)の奥に飾つてあるやうな本当のを。重くても搆《かまい》はしない、やつちよいやつちよい訳なしだ」
と捩《ね》ぢ鉢巻をする男子《おとこ》のそばから、
「それでは私たちが詰《つま》らない、皆《みんな》が騒ぐを見るばかりでは、美登利さんだとて面白くはあるまい。何でもお前の好《い》い物におしよ」
と、女の一むれは祭りを抜きに常盤座《ときはざ》(3)をと、言ひたげの口振《くちぶり》をかし。田中の正太は可愛らしい眼をぐるぐると動かして、
幻燈(4)にしないか、幻燈に。己《お》れの処《ところ》にも少しはある(5)し、足りないのを美登利さんに買つて貰《もら》つて、筆やの店で行《や》らうではないか。己れが映し人《て》で、横町の三五郎に口上を(6)言はせよう。美登利さん、それにしないか」
と言へば、
「ああそれは面白からう、三ちやんの口上ならば、誰れも笑はずにはゐられまい。序《ついで》にあの顔がうつると猶《なほ》おもしろい」
と相談はととのひて、不足の品を正太が買物役、汗になりて(7)飛び廻るもをかしく、いよいよ明日《あす》となりては、横町までもその沙汰《さた》聞えぬ。

(1)ここから再び二章と同じ時点にもどり、千束神社の「お祭り」が話題になる。
(2)大きな商家と見られる小説上の店。
(3)浅草公園六区にあった劇場。当時流行した道化踊の興行を目的に、明治17年に開場した。
(4)燈火によって、ガラス板に彩色して描いた画像を、壁などに拡大して映して見せるもの。映画もない当時、庶民にめずらしがられた。
(5)幻燈のガラス板がある。
(6)画面の説明を。
(7)汗まみれになって。


朗読は、YouTube「いちようざんまい」でどうぞ。



《現代語訳例》『たけくらべ 現代語訳・樋口一葉』(河出書房新社、2008.1)[訳・松浦理恵子]から

二十日はお祭だから思い切り面白いこと をしてと友達がせがむのに応えて、趣向は何でもめいめいで工夫して大勢の楽しめることがいいではないか、いくらでもいい私が出すからと例によって勘定も気にせず引き受ければ、子供仲間の女王様のまたとあるまいお恵みは子供には大人よりも利き目が早く、茶番にしよう、どこかの店を借りて往来から見えるようにしてと一人が言えば、馬鹿を言え、それよりはお神輿をこしらえておくれな、蒲田屋(かばたや)の奥に飾ってあるような本当のを、重くてもかまいはしない、やっちょいやっちょいわけなしだと捩鉢巻(ねじはちまき)をする男の子するとそばから、それでは私たちがつまらない、みんなが騒ぐのを見るばかりでは美登利さんだって面白くはあるまい、何でもおまえのいいものにおしよと、女の一群れは祭を抜きに常盤座(ときわざ)をと、言いたげな口振りがおかしい、田中の正太は可愛らしい眼をぐるぐると動かして、幻燈にしないか、幻燈に、俺のところにも少しはあるし、足りないのを美登利さんに買って貰って、筆屋の店でやろうではないか、俺が映し手で横町の三五郎に口上を言わせよう、美登利さんそれにしないかと言うと、ああそれは面白かろう、三ちゃんの口上ならば誰だって笑わずにはいられまい、ついでにあの顔がうつるとなお面白いと相談はととのって、不足の品は正太が買物役になり、 汗だくになって飛び回るのもおかしく、いよ いよ明日が祭という日になると横町までもその評判は伝わったのだった。

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