樋口一葉「やみ夜」㉑

きょうは、第11章の後半です。

「君が恨みの沢潟《おもだか》は正《まさ》しくその人と、我れはたしかに思ふぞかし。染井の宿に飛ばす車の折から悪るき我が門前《かど》にての出来事なれば、知られてなるまじの千里一《せんりひ》と飛び(8)に、負傷《けが》は正しくその人の所為《しよゐ》なれど、原因《おこり》は我れを恐るゝよりの事、おもへば何も我が罪なりし。君をば我手《わがて》に救ひしにはあらで、言はゞ死地に導くやうの成行《なりゆき》、何もこれまでの契りと御命《おいのち》を賜はれや。さりながらかくいふ君の運つよくは、逃《のが》るゝだけのがれて美事《なみごと》その場をさへ外《はづ》れらるれば、夜《よ》にまぎれて此邸《ここ》までの途中に難をさけ、門より内に入《い》れば世は安泰なり。今知る通りの人気《ひとけ》のなきに、出這入《ではい》るものとては犬くゞり(9)に犬の子のかげもなく、女子《おなご》あるじなれば警察の眼にもかゝるまじ。ともかくもして逃《の》がれんと思《おぼ》しめせ」
と咡《ささや》きぬ。

(8)鶴が飛べば一挙に空を千里飛ぶの意から、たちまち遠くまで行くこと。
(9)垣根や塀にあけてある、犬の出入りする穴。

詞《ことば》はなくて聞ゐたりし直次郎、
「もはや何も仰せられますな、会得がつきました。偽りにてもこの世に思ひがけざりしお言葉を聞きて、残る恨みも今はなき身。さらでも今宵《こよひ》は過ぐさじの决心でありしを、御所望《ごしよもう》にて仆《たほ》れんは願ふても無き事。美事にやつて御目《おんめ》にかくべし。今日《けふ》までは思ひ立しことの何事も通らで、浮世に意気地《いくぢ》なしの鏡なりける身なれど、一心おもひ込《こめ》たるお前様がお声がゝり(10)にて、身をすて物にこの度《たび》の仕事は天晴《あつぱ》れ直次も男なりけりと、お心だけに賞《ほ》めて頂かば本望、その場に仆《たほ》れても捕へられての絞木《しめき》の上にも(11)、思ひ残す事はござりませぬ。
唯《ただ》恨めしきは逃《のが》れらるゝだけのがれて来よとの御言葉。さりとはお情《なさけ》とも申すまじ。逃れんと思ふ卑怯《ひきやう》にて人一人やられん物か。我れは愚人《ぐじん》なれば世の利口ものが処為《しよゐ》は知らず。相手が仆《たほ》れるか我れが死ぬか、二つに一つの瀬戸際に我れ助からんの汚なき心にて、後髮《うしろがみ》を引かるゝ物ありては潔《きよ》き本望は遂げらるまじ。先の手に殺されなばそれまで、仕遂げて後《のち》に捕へられぬとも、御名《おんな》は决して出《いだ》すまじければ、案じ給ふな、罪は我れ一人なり。首尾よき暁に我れ命冥加《いのちめうが》ありて、その場をのがるゝは万一なれど、然《さ》りとも再びお顔をば見申さじ。いかなる事より罪の顕《あら》はれて、最惜《いとを》しき君に連累《れんるい》(12)の咎口惜《とがめくちを》し、何も直次は今日限りのお暇《いとま》、この世になき物と思《おぼ》しすてられて、事の成否は世の取沙汰《とりさた》に聞き給へ。御縁もこれまで。我れはいさぎよく死にまする」
と思ひ定めては涙もこぼさねど、悄然《しよんぼり》とせしかげ障子に映りて、長く、長く、長く(13)、お蘭が身のあらん限り、この夜《よ》の事忘れがたかるべし。
(10)直接の言いつけ。
(11)「絞木」は、物を強く押しつける道具。ここでは、身を締め付けられるような辛い立場、具体的には拷問による死を指している。
(12)かかりあい。まきぞえ。
(13)三重の強調を試みている。


朗読は、YouTube「いちようざんまい」でどうぞ。





《現代語訳例》『たけくらべ 現代語訳・樋口一葉』(河出書房新社、2008.1)[訳・藤沢周]から



「あなたの恨みの沢瀉は、まさしくその人と私は思います。染井の別邸に急ぐ車の、折しも具合の悪い私の門前での出来事なので、知られてはなるまいと猛烈な勢いで走り去ったのでしょう。怪我をさせたのはたしかにその人の仕業だけれど、事の起こりは私を恐れるあまりのこと、思えばすべて私の罪なのです。あなたを私が助けたのではなくて、いわば死地に導くような成り行き、何もかも前世からの契りと思って、あなたの命を、このお蘭にください。あなたの運か強く、逃れるだけ逃れてうまくその場さえ逃げられれば、夜にまぎれてこの邸までの途中に難を避け、門から入れば後は安泰です。今も分かるように人気なく、出入りするものも犬の子の姿もなく、女の主なので警察の目にもかからないでしょう。とにかく何とかして逃げようとお思いになってください」
そう囁くお蘭の言葉をじっと黙って聞いていた直次郎が口を開く。

「もはや何もおっしゃいますな。納得がいきました。偽りであってもこの世に思いもかけなかったお言葉を聞いて残る恨みも今はない身。そうでなくとも今宵は生きてはいないという決心であったのを、お望みで倒れるのは願ってもないこと、見事にやってお目にかけましょう。今日までは思い立ったことが何一つ通せなく、浮世の意気地なしの手本の身でありましたが、心一つに思い込んだあなた様のおいいつけで一身捨て、『今度の仕事は天晴れ、直次もひとかどの男であった』と、あなたの心の中だけで褒めていただければ本望。その場に倒れても、捕えられ絞首台の上に立とうと思い残すことはございません。ただ恨めしいのは、逃れるだけ逃れてきなさいというお言葉、そのようなお言葉はお情け深いとは申しますまい。逃れようなどと卑怯な気持で人ひとり殺せるものでしょうか。

愚か者の私には利ロなやり方は知りません。相手が倒れるか、己れが死ぬか、二つにひとつの瀬戸際に助かろうという卑怯な心では、後ろ髪引かれるものがあって潔く目的を遂げられないでしょう。先方の手にかかって殺されればそれまでのこと。捕えられたとしても、あなたの名前はけっして出しませんので、心配なさらないでくだ さい。罪を負う のは私ひとり。見事に成し遂げた暁に、もし神仏の加護でその場を逃れられたら万に一つの幸運、そうであってもお顔を再び拝見はいたしますまい。どんな事から罪が露見し、愛しいあなたを巻き込むやも知れない。それこそ、悔しいこと。直次は今日かぎりのお暇、この世にないものと思われてお捨てになられ、事の成否は世間の評判でお知りください。御縁もこれまで。私は潔く死にます」

思い定めたからには、涙ひとつ流さないが、悄然とした直次郎の影、障子に映り、長く、長く、長く、お蘭が生きているかぎり、忘れがたい夜になったであろう。

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