樋口一葉「やみ夜」②
きょうは「やみ夜」第1章の後半部分です。ドラマは「時は陰暦の五月廿八日、月なき頃は暮れてほどなけれども闇の色ふかく」にはじまり「直次はその夜の暗にまぎれて」に及んでいきます。
時は陰暦の五月廿八日、月なき頃は暮れてほどなけれども闇の色ふかく、こんもりと茂りて森の如くなる屋後の樫の大樹《おほき》に、音づるゝ風の音のものすごく聞えて、そのうら手なる底しれずの池に寄る波の音さへ手に取るばかりなるを、聞くともなく聞かぬともなく、紫檀(1)の机に臂《ひぢ》を持たして、深く思ひ入りたる眼《まなこ》は半ばねぶれる如く、折々にさゞ波うつ柳眉《まゆ》(2)の如何なる愁ひやふくむらん。黄金《こがね》を鑠《と》かす(3)此頃の暑さに、こちたき髮(4)のうるさやと洗《す》ましけるは今朝《けさ》、おのづからの緑したゝらんばかりなるが肩にかゝりて、こぼるゝ幾筋の雪はづかしき頬にかゝれるほど、好色《すき》たる人に評させんは勿体なし。何とやら観音さま(5)の面かげに似て、それよりは淋しく、それよりは、美くし。
(1)マメ科の常緑高木。インド原産。幹は高さ10mに達し、材は堅く黒色で紅紫色を帯び、古くから建築、家具材などとして珍重される。
(2)柳の葉のように細く美しいまゆ。美人のまゆのたとえに用いられる。「さゞ波うつ」は、ここでは眉をひそめることをいっているようだ。
(3)炎暑の形容。高温で金属をとかして流し、石までもとかしてしまうような厳しい暑さを流金鑠石(りゅうきんしゃくせき)という。
(4)うっとうしいほど豊かな髪。『源氏物語』(葵)に「御髪《みぐし》のいと長うこちたきをひき結ひてうち添へたるも」。「こちたし」は、煩わしい、うるさい。
(5)観世音菩薩。世の人々の音声を観じ、その苦悩から救済する菩薩。
忽《たちま》ち玄関の方《かた》に何事ぞ起りたると覚しく、人声俄《にわ》かに聞えて平常《たゞ》ならぬに、ねぶれる様なりし美人はふと耳かたぶけぬ、出火か、闘争《いさかひ》か、よもや老夫婦がと微笑《ほゝゑみ》はもらせど、いぶかしき思ひに襟《ゑり》を正して、猶《なほ》聞とらんと耳をすませば、あわたゞしき足音の廊下に高く成りて、
「お蘭さま、御書見でござりまするか、済みませぬがお薬りを少し」
と障子の外より言ふは老婆《ばゞ》の声なり。
「何とせしぞ、佐助が病気でも起りしか、様子によりて薬の種類もあれば、急《せ》かずに話して聞かせよ」
と言へば、敷居際に両手をつきたる老婆は慇懃《いんぎん》に、
「否《いゑ》、老爺《ぢゞ》ではござりませぬ。
今夜《こよひ》も例の如く佐助、お庭内《にはうち》の見廻りを済まして、御門の締りを改ために参りし、潜《くゞ》り(6)の工合のわるくして平常《へいぜい》さわる処のあれば、そを直さんとて明けつ閉めつするほどに、暗《やみ》をてらして彼方の大路より飛び来る車の、提燈《かんばん》(7)に沢瀉《をもだか》の紋(8)ありしかば、気ばやくも浪崎さまの御出来《おはしたる》と思ひて、閉づべき小門《くゞり》をそのまゝに待ち参らせし。されどもそれは浪崎さまにては非《あら》ざりしならん。
その車の御門前を過ぐる時、老爺《おやぢ》も知らざりし何時《いつ》の間にか人のありて、馳せ過ぐる車の輪に何として触れけん、あつと叫ぶ声に驚きし老爺の、我が額を潜《くゞ》りに打ちし痛さも忘れて転《こ》ろび出《いで》しに、憎くきはそれと知りつゝ宙を飛ばして車は過ぎぬ。
残りし男の負傷《けが》はさしたる事ならねど、若きに似合ぬ意気地なしにて、へたへたと弱りて起《た》つべき勢ひもなく、半分は死にたるやうな哀れの情態《さま》。これを見捨《みすつ》る事のならぬ老爺が、お叱りを受くるかは知らねど、お玄関まで荷《にな》ひ入れしに、まだ人心地のあるやなしなる覚束《おぼつか》なさ。ともかく一《ひ》ト目見ておやり下され、嘘ならぬ憐れさ」
と語りける。
(6)くぐって出入りする戸や門。
(7)看板提灯。屋号、紋所などを記した提灯。
(8)水田やため池などに自生するオモダカの葉と花を図案化した家紋。
朗読は、YouTube「いちようざんまい」でどうぞ。
《現代語訳例》『たけくらべ 現代語訳・樋口一葉』(河出書房新社、2008.1)[訳・藤沢周]から
時は陰暦五月の二八日。日が暮れてまもないというのに月が出ないせいか夜の闇はさらに深い。家屋の背後を包むこんもりと森のごとく茂った樫の大木の波のような音。その裏にある底知れずの池に立つ水の音。それらのざわめきを聞くとも聞かぬともなく、紫檀の机に肘をついてじっと考え込んでいるその目は半ば眠っているようでも、時々細く伸びた眉をひそめてもいる。いかなる女の憂いなのであろうか。黄金を溶かしてしまうようなこの頃の暑さに、たつぷりと豊かな髪がうっとうしいと洗ったのは今朝、そのおのずからの黒々と艶のある髪が肩にかかり、いく筋かの髪が透き通るように白い頬に零れかかってもいる。色好みの人に評させるのがもったいないほどの女の姿態である。どことなく観音の面影に似ているが、それよりは淋しく、それよりは美しい。
と、そんな時、突然玄関の方で何事か起こったのか人の声がして、その様子が何やらいつもとは違う。眠ったかのようにしていた美人もそれにふと耳を傾けた。出火か、喧嘩か、まさか老夫婦が・・・・・・と思いながら、わずかに唇に笑みをたたえはしたものの、いぶかしい思いに姿勢を正し耳をさらに澄ますと、あわただしい足音が廊下に高くなる。
「お蘭さま、ご書見でございますか。申し訳ありませんがお薬を少し・・・・・・」
障子の外からいうのは老婆の声だ。
「どうしたのです。佐助が病気にでもなったのですか。様子によって薬の品もあるから急がないで話してごらんなさい」
女がいうと、敷居際に両手をついていた老婆は、「いえ、爺ではございません」と答える。
「佐助は今晩もいつものようにお庭の見回りをすませて御門の戸締まりをあらために参りました。くぐり戸の具合が悪くてそれを直そうと開けたり閉めたりしているうちに、闇を照らしてむこうの大路から飛ばしてくる車の提灯に沢潟の紋があったので、てっきり波崎様が御出になったと思い、閉じるべきくぐり戸をそのままにしてお待ちしておりましたが、それは波崎様ではなかったようなのでございます。その車が御門前を過ぎる時に、爺も気づかなかったのですが、いつのまにか人がそこにいたようで、馳せ去っていく車の車輪にどう触れたのか、あっと叫ぶ声がしたそうでございます。爺も驚いて自分の額をくぐり戸で打った痛さも忘れながら転び出たところ、悪いのはその車、宙を飛ぶような速さで過ぎていってしまいました。残った男の怪我はたいしたことはありませんが、若いのに似合わず意気地がないというのでしょうか、へたへたと弱って起き上がれない始末。半分死んだような哀れなさまなのでございます。これを見捨てることのできない爺が、お叱りを受けるかどうか分かりませんが、玄関まで担ぎ込んだのです。まだはっきりした意識があるともないともいえない心配な状態でございます。どうか、ともかく一目見てやってくださいまし。いつわりでない哀れさなのでございます」・・・・・・
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