樋口一葉「しのぶぐさ」③

きょうは、明治25年7月30日から8月7日まで。歌に打ち込む記載などが見られます。


卅日 晴天。早朝、安達に書画骨董類受とりに行(ゆく)。 盛貞君(もりさだぎみ)と談話(ものがたり)数刻。午前(ひるまへ)帰宅、むし干(ぼし)をなす。日没より師君を訪ふ。帰路(かへりみち)雨ふる。西村君に立寄て傘をかりる。常州北条(じやうしうほうでう)穴沢の老人(1)、刺客(しかく)の為に斬(き)られし物語、及び常どの病気よろしからず、樫村(かしむら)医院(2)に入院なしたる物がたり等(など)あり。八時帰宅。此日の新聞紙上「河野、大隈の両君(ふたり)にばく裂弾を送りたるものある(3)」由(よし)しるす。
卅一日 雨。午前(ひるまへ)より野々宮君来らる(4)。終日歌詠(うたよみ)す。半井君の事、種々(さまぎま)ものがたる。

(1)親戚付き合いをしていた西村釧之助の弟、小三郎が養子に行った先の現・茨城県つくば市北条の穴沢家の和助。
(2)神田小川町にあった山龍堂病院の前身か。一葉は、明治29年夏、同病院の樫村清憲院長の診察を受けて肺結核と判明している。 
(3)政治家、河野敏鎌と大隈重信のところに7月28日、爆弾を仕掛けられたものが状箱に届けられたが、不発のまま露顕したという。
(4)野々宮菊子が、このころから毎週日曜日に和歌の稽古を受けに来るようになっていたようだ。

八月一日 曇天。午前(ひるままへ)、田中君来訪。我が病気見舞とて来られし也。入谷に求め給ひし朝がほ(5)一鉢送らる。甲州貞治(ていぢ)(6)より書状来る。
ニ日 山崎正助(まさすけ)(7)君来訪。芝兄君ならびに奥田老人よりはがき来る。伊東夏子ぬしより手紙来る。此日『むさし野』(8)三編を買ふ。
三日 甲州後屋敷(ごやしき)より(9)書状来る。図書館へ趣く。母君、山崎へ金かりに行く。調達なる。奥田老人へ持参し送る。比日浅艸(あさくさ) に大旋風(おほつむじかぜ)あり。四日 晴天。田辺君に書状を出す。此夕(このゆふべ)、返事来る。
五日
六日 小石河稽古也。不快をおして趣く。不平いふべからず。此日、半井君より重太(しげた)君を使者(つかひ)として(10)、茶一筒(ひとつつ)おくらる。
七日 野々宮君来訪。終日歌をよむ。半井君を訪(とひ)給ひしよし。我事に付(つき)ての談話(ものがたり)ありしやに聞く。

  我かくうたふ。但し、心の中(うち)也。
    吹風(ふくかぜ)のたよりはきかじ荻の葉の
      みだれて物をおもひもぞする

此夜満月に当れば、国子共にお茶の水に月をみる。


(5)当時の下谷区入谷町。明治15年ごろから入谷田圃といわれた一帯に住んでいた植木屋(成田屋留次郎という人物といわれる)が変化咲き朝顔を数多くつくるなどして朝顔ブームが起こり、当時ひろく栽培されるようになっていた。
(6)山梨県の古屋貞治(ふるやていじ)。一葉の母たきの甥で、一葉の従兄妹にあたる。
(7)一葉の父、則義の東京府庁時代の同僚。
(8)7月23日発行。一葉の「五月雨」が掲載された。
(9)山梨県後屋敷村の芦沢卯助。一葉の母たきの弟にあたる。
(10)桃水の弟の茂太。三崎町で葉茶屋を開いたことを知らせるために弟をつかわしたようだ。


朗読は、YouTube「いちようざんまい」でどうぞ。






《現代語訳例》
『完全現代語訳・樋口一葉日記』(アドレエー、1993.11)[訳・高橋和彦]から


三十日。晴。早朝、安達氏の所へ書画骨董を受取りに行く。安達盛貞氏と二、 三時間お話する。午前中に帰宅して虫干しなどをする。日暮れから中島先生宅を訪ねる。帰路に雨に降られる。西村氏の所に立ち寄って傘を借りる。茨城県北条町の穴沢家の老人が暗殺に遭い斬られた話、また、妹の常(つね)さんが病気が思わしくなくて樫村病院に入院されたことなどを話された。八時に帰宅。この日の新聞によれば、大隈重信と河野敏鎌の両邸宅に爆弾を送った者があるとのこと。

三十一日。雨。午前から野々宮菊子さんが見える。終日一緒に歌を詠む。半井先生のことを色々と話す。

八月一日。曇。午前中に田中みの子さんが見える。私の病気見舞に見えたのでした。入谷で求められた朝顔一鉢をいただく。山梨の古屋貞治氏から手紙が来る。 

二日。山崎正助氏来訪。芝の兄からと奥田老人からはがきが来る。伊東夏子さんから手紙が来る。この日「武蔵野」 第三号を買う。

三日。山梨の後屋敷村から手紙が来る。図書館へ行く。母上は山崎氏のところへ金を借りに行かれる。話ととのう。奥田老人のところへ持参し届ける。この日浅草に大旋風があった。

四日。晴。田辺龍子さんに手紙を出す。夕方返事が来る。

五日。

六日。小石川の稽古日。気分が悪いけれど無理に行く。不平は言いつくせないほどだ。この日半井先生から弟の茂太君を使いとして、お茶一筒をいただく。

七日。野々宮菊子さん来訪。終日、歌を詠む。半井先生を訪ねて行かれたとか。私の事について話があったとか聞く。私は心の中でこう詠んだ。
  吹く風のたよりは聞かじ荻の葉の乱れて物を思ひもぞする
今夜は満月なので邦子と一緒にお茶の水に月見に行く。

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