一葉日記「わか草」④

きょうは明治24年8月8日の日記。図書館通いについて語られています。

八日 早朝師君より手紙来る。「一両日にて腸かたるにて腹痛たえがたければ、今日一会(いつくわい)休むべき」よし成けり。依頼の浴衣(ゆかた)も出来上りたるをもて、直(ただ)ちに見舞に行(ゆく)。「さしてのことにもあらず」といふ。「又綿入(わたいれ)を仕立くれよ」とて一枚たのまる。帰宅せしは九時頃成しかば、「これより図書館へゆかばや」とて出づ。
空は一点の雲なくて、焼様(やくやう)なる太陽の光り、烟(けむり)かとみゆる大路(おほぢ)の砂ぼこりなど、暑しともあつし。大学を抜(ぬけ)て池の端へ出づ。茅町(かやちやう)のほとりより蓮の清き香(か)遠くかをりて、心地もすがすがしく成ぬ。「ひろごりたるはにくし(1)」と清少納言がいひけん夏の柳、岸になびくかげもすゞしく、まして、水の面(おもて)みえぬ計咲(ばかりさき)みちたる紅白の蓮、吹渡る風に葉うらのかへりてみゆるもをかし。蓮根取(はすねとり)の舟つなぎたる、これのみはあらずもがなとおもふ。競馬(きそひうま)の埒結(らちゆ)ひたる(2)、いとみにくゝ、あいなくはじめはみしが、ふるびて所々こはれなどしぬれば、少し気色なほりし様(やう)におもふもひがご心(ごころ)にや。東照宮の石の段のぼる程、さと吹(ふき)かよふかぜに杉の下露(したつゆ)のこぼるるも涼し。ここのみは、さらに夏と覚えぬよ。図書館は(3)例之(いつもの)いと狭き所へをし入(いれ)らるゝなれば、さこそ暑さもたえがたからめとおもひしに、軒(のき)高く窓大きなればにや、吹(ふき)かよふかぜそゞろ寒きまでなる、いと嬉し。

(1)『枕草子』(春曙抄)の「柳などいとをかしくこそさらなれ。それもまた、まゆにこもりたるこそをかしけれ。ひろごりたるはにくし。花も散りたる後は、うたてぞ見ゆる」から引いている。
(2)上野の不忍池では明治17(1884)年から明治25年まで、不忍池競馬が催されていた。不忍池を周回するコースで行われ、ギャンブルとしての開催ではなく屋外の鹿鳴館ともいうべき祭典で、開催時には不忍池には満艦飾で飾り立てた舟を浮かべ、池の周囲は数千個の玉燈で飾られたという。
(3)東京図書館のこと。日本初の近代的図書館として明治5(1872)年、湯島聖堂内に開設された書籍館が前身で、明治13年に東京図書館となり7年後の明治30年に廃止されて帝国図書館が開館した。閲覧室のある木造二階建一棟と煉瓦造り三階建ての書庫からなり、閲覧室は二階が婦人席と特別閲覧室、一階が男子閲覧室になっていて、隅に出納所と目録備置所が置かれていたという。

いつ来たりてみるにも、男子(をのこ)はいと多かれど、女子(をなご)の閲覧する人(ひと)大方一人もあらざるこそあやしけれ。それもそれ、多くのを男子(をのこ)の中(うち)に交りて、書名をかき、号をしらべなどしてもて行(ゆく)に、「これは違(たが)ひぬ。今一度書直しこ」などいわるれば、おもて暑く成て身もふるヘつべし。まして、面みられ、さゝやかれなどせば、心も消(きゆ)る様(やう)に成て、しとゞ汗にをしひたされて、文取(とり)しらぶる心もなく成ぬべし。今は代言(だいげん)試験(4)も近付(ちかづき)し頃成(なり)とかにて、法律書取しらぶる人いと多かりき。思ふまゝのふみ借得(かりえ)て、よむとよむ程に、長き日もはやタ暮に成ぬるべし、園(その)の梢(こずゑ)に日ぐらし声高うなきて、入相(いりあひ)のかねかすかにひゞき、窓にさし入るタ日のかげ少し薄く成ぬ。おどろかされて室(へや)を出(いづ)れば、大方(おほかた)人も帰りにけり。書をかへして門(かど)を出れば、からすの打むれてねぐらへかへるかげさへみえ初(そめ)ぬ。 母君の、「今日は早くかへりね。よべよすがらねむらざりしに、身もつかれなばかひなからん」とて、かへすがえす仰(おほせ)られしを忘れしならねど、いとうおくれにけり。「いざや、近道をとりて谷中より帰らん」とてくる。西日やうやうかげろひて紅の色を計(ばかり)残して、「あすも晴よ」とうなひ子(ご)がうたふ声も(5)、道いそぐ身にはあわたゞしく聞えぬ。

(4)現在の司法試験にあたる代言人試験のこと。10月18日から21日まで、上野公園博物館付属館で実施された。明治5年6月、司法職務定制により、今日の弁護士に相当する代言人の資格が導入され、明治13年8月に初の代言人試験が行われた。当初の試験は、ごく簡単なもので出願者の多くが合格したというが、民事・刑事に関する法律、訴訟の手続、裁判に関する規則など試験内容が整備されて次第に難化、合格率は5%程度まで下がったという。
(5)わらべうたの「夕焼けこやけあした天気になあれ」のことか。「うなひ子」は、髪を首のあたりに垂らしている子供、ひろく童児のこともいう。


朗読は、YouTube「いちようざんまい」でどうぞ。




《現代語訳例》『完全現代語訳・樋口一葉日記』(アドレエー、1993.11)[訳・高橋和彦]から


八日。朝早く先生から手紙が来る。ここ一両日は腸カタルで腹痛がひどいので、今日の会はお休みにするとのこと。頼まれていた浴衣も出来上がっていたので。すぐにお見舞に行く。それほどのことでもないとのことでした。また綿入れの仕立てを一枚頼まれる。帰ったのはまだ九時頃だったので、それから図書館へ行こうと思って、また出かける。空には雲一つなく、焼きつくすような太陽の光、煙かと見えるほどの通路の砂ぼこりなど、暑いことはなはだしい。大学を通り抜けて不忍池の端へ出る。茅町(かやちょう)あたりから蓮の花の清らかな香りがただよって、すがすがしい気持ちになった。


「ひろごりたるは、にくし」と清少納言が言った夏の柳も、岸辺になびいているのは涼しく、まして、池一杯に咲きみちている紅白の蓮の花はすばらしく、朝風にひるがえって蓮の裏葉が見えるのも風情がある。蓮根取りの小舟が繋いであるが、これだけは、無いほうがよいと思われる。競馬場の柵が作られていたのは見苦しくてがっかりしが、古くなって所々は壊れていたので、少しは気分が直ったのも私のひがみ心からでしょうか。東照宮の石段を登る時、さっと吹きおろす風に杉の葉の露がこぼれるのも本当に涼しい。ここばかりは全く夏とは思われないほどでした。

図書館は、例によって狭い所へ入れられるので、さぞ暑さも耐えがたかろうと思っていたが、天井が高く窓が大ぎいためでしょうか、吹き入る風が肌寒いほどなのも嬉しい思いでした。いつ来ても男子は非常に多いが、女子の閲覧者が殆ど一人もいないのは不思議な気がする。それにしても、多くの男子の中に交じって、書名を書き、分類番号などを調べて、請求票を持って行くと、「間違ってます。も一度書き直して来なさい」などと言われるので、顔は熱くなり体も震えるほどです。まして顏をじろじろ見られ、ひそひそ話などをされると、心も消えるようで、汗びっしょりになって書物を調べる気持ちもなくなりそうです。ちょうど弁護士の試験が近づいている頃とかで、法律書を調べている人が多かった。

希望した本を借り出して読み耽っているうちに、長い夏の一日も、はやタ暮れになる。上野の森にひぐらしの声が高く聞こえ、寛永寺のタベの鐘がかすかに響き、窓から射しこむ夕日も少し弱くなってきた。注意を受けて部屋を出てみると、おおかた人は帰ってしまっていた。本を返して門を出ると、鴉がむらがってねぐらに帰る姿も見えてきた。母親が、
「今日は早く帰りなさいよ。昨夜は一晩中寝ていないのだから、体が疲れてしまっては何の役にもならないからね」 
と繰り返しおっしゃった言葉を忘れたわけではないのだが、ひどく遅くなってしまった。近道を通り、谷中(やなか)から帰ろうと歩いてくると、夕日も次第に薄れ、夕焼けの紅色だけが残って、「あした天気になーれ」と唱う子供たちの声も、家路を急ぐ身にはせきたてられるように聞こえるのでした。

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