ゆく雲⑧
桂次は、春の早朝、思いを断って東京を立ち、馬車で甲州街道を下って行きます。
手跡によりて人の顔つきを思ひやるは、名を聞いて人の善悪を判断するやうなもの、当代の能書(1)に業平《なりひら》さま(2)ならぬもおはしますぞかし、されども心用ひ一つにて悪筆なりとも見よげのしたため方はあるべきと、達者めかして筋もなき(3)走り書きに人よみがたき文字ならば詮《せん》なし、お作の手(4)はいかなりしか知らねど、此処の内儀が目の前にうかびたる形は、横巾ひろく長《たけ》つまりし顔に(5)、目鼻だちはまづくもあるまじけれど、鬂《びん》うすくして首筋くつきりとせず、胴よりは足の長い女とおぼゆると言ふ、すて筆(6)ながく引いて見ともなかりしか(7)可笑《をか》し、桂次は東京に見てさへ醜《わ》るい方では無いに、大藤村の光《ひか》る君《きみ》(8)帰郷といふ事にならば、機場《はたば》(9)の女が白粉のぬりかた思はれると此処にての取沙汰、容貌《きりよう》のわるい妻を持つぐらゐ我慢もなる筈、水呑《みづの》みの小作(10)が子として一足飛《そくとび》のお大尽(11)なればと、やがては実家をさへ洗はれて(12)、人の口さがなし(13)、伯父伯母一つになつて嘲《あざけ》るやうな口調を、桂次が耳に入《い》らぬこそよけれ、一人気の毒と思ふはお縫なり。
(1)文字を巧みに書く人。
(2)美男の典型をふざけて言っている。
(3)でたらめな。
(4)書かれた文字。筆跡。手跡。
(5)お作が醜女であることを表すとともに、内儀の意地悪さもにじませている。
(6)たとえば「土」や「中」に「ヽ」を打つように、字画にないが最後に加える点のようなもの。
(7)醜かったのか。
(8)大藤村の光源氏。桂次を村きっての美男と形容している。
(9)機を織るための場所。機織場。
(10)自分の田畑を所有せずに、地主から土地を借りて借地料を払い、耕作や養畜をする貧しい農民。
(11)順序を踏まず一気にのぼりついた財産家。
(12)実家まで調べられて。
(13)意地悪だ。
荷物は通運便(14)にて先へたたせたれば、残るは身一つに軽々しき桂次、今日も明日もと友達のもとを馳《は》せめぐりて、何やらん用事はあるものなり。僅《わづ》かなる人目の暇を求めて(15)、お縫が袂《たもと》をひかえ、
「我れは君に厭《いと》はれて別るるなれども、夢いささか(16)恨む事をばなすまじ、君はおのづから君の本地《ほんち》(17)ありて、その島田をば丸曲《まるまげ》(18)にゆひかへる折のきたるべく、うつくしき乳房を可愛《かわゆ》き人に含まする時もあるべし。我れは唯だ君の身の幸福《しやわせ》なれかし、すこやかなれかしと祈りて、この長き世をば尽さんには随分とも親孝行にてあられよ。母御前《ははごぜ》の意地わるに逆らふやうの事は、君として無きに相違なけれども、これ第一に心がけ給へ。言ふことは多し、思ふことは多し、我れは世を終るまで君のもとへ文の便りをたたざるべければ、君よりも十通に一度の返事を与へ給へ。睡《ねぶ》りがたき秋の夜は胸に抱《いだ》いて(19)まぼろしの面影をも見ん」
と、このやうの数々を並らべて、男なきに涙のこぼれるに、ふり仰向《あほの》いてはんけちに顔を拭《ぬぐ》ふさま、心よわげなれど誰《た》れもこんな物なるべし。今から帰るといふ故郷《ふるさと》の事、養家のこと、我身の事、お作の事、みながら(20)忘れて世はお縫ひとりのやうに思はるるも闇なり(21)。この時こんな場合に、はかなき女心の引入られて、一生消えぬかなしき影を胸にきざむ人もあり。岩木のやうなる(22)お縫なれば、何と思ひしかは知らねども、涙ほろほろこぼれて一ト言もなし。
(16)決して。夢にも。
(17)あなたのもとの姿、本体。女性として、娘から妻となり、母となる道すじ。
(18)丸髷。結婚している女性の日本髪の結いかた。いただきに、楕円形でやや平たいまげをつける。
(19)お縫の手紙をわが胸に抱いて。
(20)みなことごとく。残らず。
(21)暗いなかでは何も見えずに、迷うところから、心の迷い、思慮分別のなくなること。
(22)冷淡で非常な性質を岩や木に喩えている。
春の夜の夢のうき橋、と絶えする横ぐもの空(23)に東京を思ひ立ちて(24)、道よりもあれば新宿《しんじゆく》までは腕車《くるま》がよしといふ、八王子までは汽車の中、をりればやがて馬車にゆられて、小仏《こぼとけ》の峠もほどなく越ゆれば、上野原《うへのばら》、つる川、野田尻《のだじり》、犬目《いぬめ》、鳥沢《とりざわ》も過ぐれば猿はし(25)近くにその夜は宿るべし、巴峡《はきよう》のさけび(26)は聞えぬまでも、笛吹川《ふゑふきがは》の響きに夢むすび憂《う》く、これにも腸《はらわた》はたたるべき声あり、勝沼よりの端書一度とどきて四日目にぞ七里《ななさと》(27)の消印ある封状二つ、一つはお縫へ向けてこれは長かりし、桂次はかくて大藤村の人に成りぬ。
(23)春の明けがた、朝早く。『新古今和歌集』にある藤原定家の歌「春の夜の夢の浮橋とだえして峰に別るる横雲の空」をふまえている。
(24)出発する「立ちて」と、お縫のことをあきらめる「断ちて」をかけている。
(25)甲斐国(山梨県)へつながる甲州街道の上野原宿、鶴川宿、野田尻宿、犬目宿、鳥沢宿、猿橋宿が並べられている。
(26)『和漢朗詠集』(猿)の「巴峡秋深し、五夜の哀猿月に叫ぶ」「江は巴峡より初めて字を成す、猿は巫陽(ぶよう)を過ぎて始めて腸を断つ」による。湖北省巴東県の巴峡には猿が多く、特に舟旅で聞くその鳴き声は哀愁をさそうものとされていた。
(27)かつての山梨県東山梨郡七里村。現在は甲州市に属する。
朗読は、YouTube「いちようざんまい」でどうぞ。
《現代語訳例》『にごりえ 現代語訳・樋口一葉』(河出書房、2022.4)[訳・多和田葉子]から
筆跡を見て人の顔つきを決めるのは名前を聞いて人の善悪を決めるようなもので、現代の書道家には在原業平のような美男ではない人もいる。しかし心の用い方ひとつで、悪筆でも見た目のよい書き方もあるはずなのに、達筆ぶって筋もない走り書きをして人の読めない字を書いてもどうしようもない。お作の字はどのようなものか知らないけれども、ここの奥様の目の前に浮かぶ姿形は、横幅が広く短い顔に目鼻立ちは悪くないけれども髪が薄く、首筋はくっきりせす、胴よりは脚の長い女たと思う、というのは、字の最後に加えて書く点が長くてみつともなくておかしいからだと言う。桂次は東京で見ても醜い方ではないけれど、大藤村では光源氏で、故郷に帰るとなったら、機場の女たちが白粉べったり塰り始めるだろうというのがここでの評判で、器量の悪い妻を持つくらい我慢できるはず、水呑み百姓の子が一足飛びに大金持ちの跡取りになったのだから、とやがては実家のことまで詮索されて、人のロは悪いもので伯父も伯母もひとつになって嘲るような口調が桂次の耳に人らないからよいようなものの、気の毒だと一人思っているのがお縫である。
荷物は通運便で先に送ったので残るは身ひとつという身軽な桂次、今日も明日もと友達のところを駆けめぐって、何やら用事があるようで、わずかな人目を盗んではお縫の袂をとらえ、「自分は君に嫌かられて別れるのだけれども夢にも恨む事はしない。君には君の本来の姿というものがあり、その島田髷を丸髷に結い変える時も来るだろうし、美しい乳房を可愛い子に含ます時も来るたろうし、自分はただ君が幸福であってくれ健康であってくれと祈っているから、この長い人生を送るには親孝行をしなさい。お母さんの意地悪に反逆するようなことは君にはないに違いないけれども、このことを第一に心がけるように。
言いたいことは多いし、思うことも多いし、 この世を終えるまで君のところに手紙を断たないつもりたが、君も十通に一通くらいは返事を書いてほしい。眠れない秋の夜にはそれを胸に抱いて幻の面影を見たいものだ」、というようなことを数々並べて男泣きに涙がこぼれるのを上を向いてハンカチで涙をぬぐっている様子は心の弱い人のように見えるが、誰でもこんなもので、今から帰るという故郷の事、養父の家の事、我が身の事、お作の事などみんな忘れて、世の中にはお縫一人しかいないように思われるのも心の迷いで、こんな時こんな場合にははかない女心が引き入れられて、一生消えないような影を胸に刻む人もいるが、お縫は岩や木のような人なので何と思ったのかは分からないが、涙がほろほろこぼれて一言も言わなかった。
春の早朝、思いを断ち東京を立ち、寄るところがあるので新宿までは人力車が良いと言う。八王子までは汽車の中、降りると馬車にゆられて、小仏峠もほどなく越え、上野原、鶴川、野田尻、大目、鳥沢を過ぎると、猿橋近くにその夜は宿泊し、巴峡の叫びは聞こえないまでも、笛吹川の響きに夢をかき乱され、これは腸(はらわた)がちぎれるような気持ちになる響きで、勝沼からハガキが一枚届いて四日目には七里(ななさと)の消印のある封書がふたつ、 一つはお縫に向けたもので長く、桂次はこのようにして大藤村の人になった。
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