にごりえ⑭

 主人公のお力の性格や働きぶりが描かれていきます。

菊の井のお力とても悪魔の生れ替りにはあるまじ、さる子細(1)あればこそ此処《ここ》の流れに落こんで嘘《うそ》のありたけ串談にその日を送つて、情《なさけ》は吉野紙《よしのがみ》(2)の薄物に、蛍《ほたる》の光ぴつかりと(3)するばかり、人の涕は(4)百年も我まんして、我ゆゑ死ぬる人のありとも御愁傷さま(5)脇《わき》を向くつらさ他処目《よそめ》も養ひつらめ(6)、さりとも折ふしは悲しき事恐ろしき事胸にたたまつて(7)、泣くにも人目を恥れば二階座敷の床の間に身を投《なげ》ふして忍び音《ね》(8)の憂き涕《なみだ》、これをば友朋輩にも洩《も》らさじと包むに根生《こんぜう》のしつかりした、気のつよい子といふ者はあれど、障れば絶ゆる蛛《くも》の糸の(9)はかない処を知る人はなかりき。

(1)ある込み入った事情。
(2)奈良県の吉野地方から産する楮(こうぞ)紙。薄く柔らかいので化粧紙や漆こしなどに用いられた。薄いもののたとえにも用い、ここでは人情が薄情で、の意。
(3)淡く、時おりひらめく程度。薄情さを強調している。
(4)人間らしい同情の涙を流すことは。
(5)お気の毒さま。
(6)知ったことかと見て見ぬふりをするつらさや、よそ事として見て問題にしない非情さも、努めて身に付けたことであろう。私娼になる前は、お力も人情があった。
(7)胸のなかに積って。
(8)声を出すのを我慢してひそかに泣く。
(9)ふれるとすぐ切れるくもの糸のように。「はかない」を修飾している。

七月十六日の夜《よ》は何処の店にも客人《きやくじん》入込《いりこ》みて、都々一《どどいつ》、端歌《はうた》の景気よく、菊の井の下《した》座敷にはお店者《たなもの》(10)五六人寄集まりて、調子の外れし紀伊《きい》の国《くに》(11)、自まんも恐ろしき胴間声《どうまごゑ》(12)に、霞《かすみ》の衣《ころも》、衣紋坂《ゑもんざか》(13)と気取るもあり。
「力ちやんはどうした、心意気を聞かせないか、やつたやつた」
と責められるに、
お名はささねど、この坐の中に(14)
普通《ついツとほり》の(15)嬉しがらせを言つて、やんややんやと喜ばれる中から、
我恋は細谷川《ほそだにがは》の丸木橋、わたるにや怕《こわ》し、渡らねば(16)
と謳《うた》ひかけしが、何をか思ひ出したやうに、
「ああ、私は一寸《ちよツと》無礼《しつれい》(17)をします。御免なさいよ」
とて三味線《さみせん》を置いて立つに、
「何処へゆく、何処へゆく、逃げてはならない」
と座中の騒ぐに、
「照《てー》ちやん、高さん、少し頼むよ、直《じ》き帰るから」
とてずつと廊下へ急ぎ足に出《いで》しが、何をも見かへらず、店口から下駄を履いて、筋向ふの横町の闇《やみ》へ姿をかくしぬ。
(10)商家の奉公人。
(11)端唄。「紀伊の国は 音無川の水上に 立たせたまふは/船玉山(せんぎょくさん) 船玉十二社 大明神/さて東国にいたりては 玉姫稲荷が 三囲(みめぐり)へ 狐の嫁入り/お荷物を 担へは 強力(ごうりき)稲荷さま/頼めば田町の袖摺も さしづめ今宵は待ち女郎/仲人は真前(まっさき) 真黒九郎助(まっくろくろすけ)稲荷につまされて/子まで生(な)したる信太妻(しのだづま)」というように、きつねの嫁入りを趣向として、浅草一円の稲荷をよみ込んでいる。
(12)濁って調子のはずれた下品な声、太くて下卑(げび)た声。
(13)清元の「北州千歳壽(ほくしゅうせんざいのことぶき)」(太田南畝作)の文句。「霞の衣えもん坂 衣紋つくろう初買の/袂ゆたかに大門の 花の江戸町 京町や/背中合せの松かざり 松の位を見返りの/柳桜の仲の町 いつしか花もちりてつとんと・・・・・・」。
(14)都都逸のなかにある文句。
(15)お決まりの。
(16)端唄。三下りで、「わが恋は 細谷川の丸木橋/渡るにゃ怖し 渡らねば/想うお方にゃ 逢えやせぬ」から。「細谷川」は、狭い谷川。
(17)失礼。

朗読は、YouTube「いちようざんまい」でどうぞ。




《現代語訳例》『にごりえ 現代語訳・樋口一葉』(河出書房、2022.4)[訳・伊藤比呂美]から

菊の井のおカだって、悪魔の生まれかわりのはすがない。わけがあるからこそ、こんなところに流れてきた。口から出まかせをいいちらし、軽口をたたきちらして、その日を送る。人間らしい感情は薄っぺらい紙いちまいか蛍の光か、ぽっちりとしかおもてに出さない。人間らしい涙は百年分もがまんしている 。自分のせいで人か死んでも、あらご愁傷さまとそっぽをむく。ものに動じないふりをするのもすっかり慣れた。それでもときおり感じる悲しさおそろしさは、少しずつ胸のうちにつもっていく。それは泣いてはらすしかないのである。人前では泣けない。泣きたくない。それで二階の座敷の床の間でしのび泣く。仲間たちにもひた隠しに隠すから、根性のある子、気のつよい子と人にいわれる。さわればたちまち切れてしまう、蜘蛛の糸みたいなところがあるとは、だれも知らない。

七月十六日の夜は、どこの店も客であふれた。どどいつや端唄かあちこちからけいきよく聞こえてくる。菊の井の下座敷でも、商店に奉公している連中が五、六人集まって、調子っぱずれの紀伊の国をうたったり、声自慢か胴間声(どうまごえ)で霞(かすみ)の衣(ころも)えもんざかとうなったりしていた。カちゃんはどうした、 いつものやつをきかせとくれ、さあやっとくれ、やっとくれ、と客にせがまれて、お力は、お名はささねどこの座の中にと、いつものやつをうたった。客がよろこんではやしたてる中で、つ づいて、「わか恋は、 細谷川(ほそだにがわ)の丸木橋、渡るにゃ怕し、渡らねば」とうたいだしたのだが、ふと何かを思い出したように、
「ああ、あたしはちょっと失礼します、ごめんなさいね」
と三味線をおいて立ちあかった。おいおい、どこへいくんだ、逃げたらためだと客がさわぎ出した 。
「照ちゃん、高さん、少しおねかいね、すぐ帰るから」
そういいのこして、お力は急ぎ足ですっと廊下に出て、ふりむきもしないで、店口から下駄をはいて、筋向こうの横町の闇へまぎれこんでいった。


コメント

人気の投稿