十三夜⑤
「十三夜」のつづき。夫と別れたい。お関は、日常的な小言や教育のない身に対する蔑視など、その理由について両親に説明しはじめます。
「それはどういふ子細《しさい》で」
と父も母も詰寄《つめよ》つて問かゝるに、「今までは黙つてゐましたれど、私の家の夫婦《めをと》さし向ひを半日見て下さつたら大底《たいてい》が御解《おわか》りになりませう、物言ふは用事のある時、慳貪《けんどん》(1)に申しつけられるばかり、朝起まして機嫌をきけば、不図《ふと》脇を向ひて庭の草花を態《わざ》とらしき褒《ほ》め詞《ことば》、これにも腹はたてども、良人《おつと》の遊ばす事(2)なればと我慢《がまん》して、私は何も言葉あらそひした事もござんせぬけれど、朝飯《あさはん》あがる時から小言《こゞと》は絶えず、召使の前にて散々《さんざん》と私が身の不器用不作法を御並《おなら》べなされ、それはまだまだ辛棒《しんぼう》もしませうけれど、二言《こと》目には教育のない身、教育のない身と御蔑《おさげす》みなさる、それは素《もと》より華族女学校(3)の椅子にかゝつて(4)育つた物(5)ではないに相違なく、御同僚の奥様がたの様にお花のお茶の、歌の画のと習ひ立てた事もなければ、その御話しの御相手は出来ませぬけれど、出来ずは(6)人知れず習はせて下さつても済むべき筈《はづ》、何も表向き実家の悪るいを風聴《ふうちやう》(7)なされて、召使ひの婢女《をんな》どもに顏の見られるやうな事なさらずともよかりさうなもの。嫁入つて丁度《てうど》半年ばかりの間は、関や関やと下へも置かぬやう(8)にして下さつたけれど、あの子が出来てからと言ふ物は丸《まる》で御人《おひと》が変りまして、思ひ出しても恐ろしうござります。私はくら暗《やみ》の谷へ突落されたやうに、暖かい日の影(9)といふを見た事がござりませぬ。
朗読は、下のYouTube「いちようざんまい」でどうぞ。
(1)つっけんどん。あらあらしくて思いやりのない。
嫁いでそう半年ばかりの間は、関や、関や、と下へもおかぬもてなしようでした。けれど、あの子が出来てからというものはまるでひとがかわりました。思い出してもおそろしゅうございます。わたしは暗闇の谷へつきおとされたかのように暖かい陽の影というものを見たことが御座いません。
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